、いつから乗《の》っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリックふうの尼《あま》さんが、まんまるな緑《みどり》の瞳《ひとみ》を、じっとまっすぐに落《お》として、まだ何かことばか声かが、そっちから伝《つた》わって来るのを、虔《つつし》んで聞いているというように見えました。旅人《たびびと》たちはしずかに席《せき》に戻《もど》り、二人《ふたり》も胸《むね》いっぱいのかなしみに似《に》た新しい気持《きも》ちを、何気なくちがった語《ことば》で、そっと談《はな》し合ったのです。
「もうじき白鳥の停車場《ていしゃば》だねえ」
「ああ、十一時かっきりには着《つ》くんだよ」
早くも、シグナルの緑《みどり》の燈と、ぼんやり白い柱《はしら》とが、ちらっと窓《まど》のそとを過《す》ぎ、それから硫黄《いおう》のほのおのようなくらいぼんやりした転《てん》てつ機《き》の前のあかりが窓《まど》の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、まもなくプラットホームの一|列《れつ》の電燈《でんとう》が、うつくしく規則《きそく》正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人はちょうど白鳥|停車場《ていしゃじょう》の、大きな時計《とけい》の前に来てとまりました。
さわやかな秋の時計《とけい》の盤面《ばんめん》には、青く灼《や》かれたはがねの二本の針《はり》が、くっきり十一時を指《さ》しました。みんなは、一ぺんにおりて、車室の中はがらんとなってしまいました。
〔二十分|停車《ていしゃ》〕と時計《とけい》の下に書いてありました。
「ぼくたちも降《お》りて見ようか」ジョバンニが言《い》いました。
「降《お》りよう」二人《ふたり》は一|度《ど》にはねあがってドアを飛《と》び出して改札口《かいさつぐち》へかけて行きました。ところが改札口《かいさつぐち》には、明るい紫《むらさき》がかった電燈《でんとう》が、一つ点《つ》いているばかり、誰《だれ》もいませんでした。そこらじゅうを見ても、駅長《えきちょう》や赤帽《あかぼう》らしい人の、影《かげ》もなかったのです。
二人《ふたり》は、停車場《ていしゃば》の前の、水晶細工《すいしょうざいく》のように見える銀杏《いちょう》の木に囲《かこ》まれた、小さな広場に出ました。
そこから幅《はば》の広いみちが、まっすぐに銀河《ぎんが》の青光《あおびかり》の中へ通って
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