だ」
「あの声、ぼくなんべんもどこかできいた」
「ぼくだって、林の中や川で、何べんも聞いた」
ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点《さんかくてん》の青じろい微光《びこう》の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。
「ああ、りんどうの花が咲《さ》いている。もうすっかり秋だねえ」カムパネルラが、窓《まど》の外を指《ゆび》さして言《い》いました。
線路《せんろ》のへりになったみじかい芝草《しばくさ》の中に、月長石《げっちょうせき》ででも刻《きざ》まれたような、すばらしい紫《むらさき》のりんどうの花が咲《さ》いていました。
「ぼく飛《と》びおりて、あいつをとって、また飛《と》び乗《の》ってみせようか」ジョバンニは胸《むね》をおどらせて言《い》いました。
「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから」
カムパネルラが、そう言《い》ってしまうかしまわないうち、次《つぎ》のりんどうの花が、いっぱいに光って過《す》ぎて行きました。
と思ったら、もう次《つぎ》から次《つぎ》から、たくさんのきいろな底《そこ》をもったりんどうの花のコップが、湧《わ》くように、雨のように、眼《め》の前を通り、三角標《さんかくひょう》の列《れつ》は、けむるように燃《も》えるように、いよいよ光って立ったのです。
七 北十字《きたじゅうじ》とプリオシン海岸《かいがん》
「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」
いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、せきこんで言《い》いました。
ジョバンニは、
(ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙《だいだい》いろの三角標《さんかくひょう》のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。
「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸《さいわい》になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸《さいわい》なんだろう」カムパネルラは、なんだか、泣《な》きだしたいのを、一生けん命《めい》こらえているようでした。
「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの」ジョバンニはびっくりして叫《さけ》びました。
「ぼくわからない。
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