す。ジョバンニは思わずどきっとして戻《もど》ろうとしましたが、思い直《なお》して、いっそう勢《いきお》いよくそっちへ歩いて行きました。
「川へ行くの」ジョバンニが言《い》おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、
「ジョバンニ、ラッコの上着《うわぎ》が来るよ」さっきのザネリがまた叫《さけ》びました。
「ジョバンニ、ラッコの上着《うわぎ》が来るよ」すぐみんなが、続《つづ》いて叫《さけ》びました。ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、急《いそ》いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいたのです。カムパネルラはきのどくそうに、だまって少しわらって、おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。
ジョバンニは、にげるようにその眼《め》を避《さ》け、そしてカムパネルラのせいの高いかたちが過《す》ぎて行ってまもなく、みんなはてんでに口笛《くちぶえ》を吹《ふ》きました。町かどを曲《ま》がるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。そしてカムパネルラもまた、高く口笛《くちぶえ》を吹《ふ》いて向《む》こうにぼんやり見える橋《はし》の方へ歩いて行ってしまったのでした。ジョバンニは、なんとも言《い》えずさびしくなって、いきなり走りだしました。すると耳に手をあてて、わあわあと言《い》いながら片足《かたあし》でぴょんぴょん跳《と》んでいた小さな子供《こども》らは、ジョバンニがおもしろくてかけるのだと思って、わあいと叫《さけ》びました。
まもなくジョバンニは走りだして黒い丘《おか》の方へ急《いそ》ぎました。
五 天気輪《てんきりん》の柱《はしら》
牧場《ぼくじょう》のうしろはゆるい丘《おか》になって、その黒い平《たい》らな頂上《ちょうじょう》は、北の大熊星《おおくまぼし》の下に、ぼんやりふだんよりも低《ひく》く、連《つら》なって見えました。
ジョバンニは、もう露《つゆ》の降《お》りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに照《て》らしだされてあったのです。草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉《は》は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持《も》って行った烏瓜《
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