「ケンタウルス、露《つゆ》をふらせ」と叫《さけ》んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃《も》したりして、たのしそうに遊《あそ》んでいるのでした。けれどもジョバンニは、いつかまた深《ふか》く首《くび》をたれて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋《ぎゅうにゅうや》の方へ急《いそ》ぐのでした。
 ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの木が幾本《いくほん》も幾本《いくほん》も、高く星ぞらに浮《う》かんでいるところに来ていました。その牛乳屋《ぎゅうにゅうや》の黒い門《もん》をはいり、牛のにおいのするうすくらい台所《だいどころ》の前に立って、ジョバンニは帽子《ぼうし》をぬいで、
「今晩《こんばん》は」と言《い》いましたら、家の中はしいんとして誰《だれ》もいたようではありませんでした。
「今晩《こんばん》は、ごめんなさい」ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫《さけ》びました。するとしばらくたってから、年とった女の人が、どこかぐあいが悪《わる》いようにそろそろと出て来て、何か用かと口の中で言《い》いました。
「あの、今日、牛乳《ぎゅうにゅう》が僕《ぼく》※[#小書き平仮名ん、183−7]とこへ来なかったので、もらいにあがったんです」ジョバンニが一生けん命《めい》勢《いきお》いよく言《い》いました。
「いま誰《だれ》もいないでわかりません。あしたにしてください」その人は赤い眼《め》の下のとこをこすりながら、ジョバンニを見おろして言《い》いました。
「おっかさんが病気《びょうき》なんですから今晩《こんばん》でないと困《こま》るんです」
「ではもう少したってから来てください」その人はもう行ってしまいそうでした。
「そうですか。ではありがとう」ジョバンニは、お辞儀《じぎ》をして台所《だいどころ》から出ました。
 十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、向《む》こうの橋《はし》へ行く方の雑貨店《ざっかてん》の前で、黒い影《かげ》やぼんやり白いシャツが入り乱《みだ》れて、六、七人の生徒らが、口笛《くちぶえ》を吹《ふ》いたり笑《わら》ったりして、めいめい烏瓜《からすうり》の燈火《あかり》を持《も》ってやって来《く》るのを見《み》ました。その笑《わら》い声も口笛《くちぶえ》も、みんな聞きおぼえのあるものでした。ジョバンニの同級《どうきゅう》の子供《こども》らだったので
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