。お前のお父さんはみんなのためには命《いのち》も惜《お》しくなかったのだ。ほかの人たちはどうだ。ブランダ。言ってごらん。」
 ブランダと呼《よ》ばれた子はすばやくきちんとなって答えました。
「人が歩くことよりも言うことよりももっとしないでいられないのはいいことです。」
 アラムハラドが云《い》いました。
「そうだ。私がそう言おうと思っていた。すべて人は善《よ》いこと、正しいことをこのむ。善《ぜん》と正義《せいぎ》とのためならば命を棄《す》てる人も多い。おまえたちはいままでにそう云う人たちの話を沢山《たくさん》きいて来た。決《けっ》してこれを忘《わす》れてはいけない。人の正義を愛《あい》することは丁度《ちょうど》鳥のうたわないでいられないと同じだ。セララバアド。お前は何か言いたいように見える。云《い》ってごらん。」
 小さなセララバアドは少しびっくりしたようでしたがすぐ落《お》ちついて答えました。
「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられないと思います。」
 アラムハラドはちょっと眼《め》をつぶりました。眼をつぶったくらやみの中ではそこら中ぼうっと燐《りん》の火のように青く見え、ずうっと遠くが大へん青くて明るくてそこに黄金の葉《は》をもった立派《りっぱ》な樹《き》がぞろっとならんでさんさんさんと梢《こずえ》を鳴らしているように思ったのです。アラムハラドは眼をひらきました。子供《こども》らがじっとアラムハラドを見上げていました。アラムハラドは言いました。
「うん。そうだ。人はまことを求《もと》める。真理《しんり》を求める。ほんとうの道を求めるのだ。人が道を求めないでいられないことはちょうど鳥の飛《と》ばないでいられないとおんなじだ。おまえたちはよくおぼえなければいけない。人は善《ぜん》を愛《あい》し道を求めないでいられない。それが人の性質《せいしつ》だ。これをおまえたちは堅《かた》くおぼえてあとでも決《けっ》して忘《わす》れてはいけない。おまえたちはみなこれから人生という非常《ひじょう》なけわしいみちをあるかなければならない。たとえばそれは葱嶺《パミール》の氷《こおり》や辛度《しんど》の流《なが》れや流沙《るさ》の火やでいっぱいなようなものだ。そのどこを通るときも決して今の二つを忘れてはいけない。それはおまえたちをまもる。それはいつもおまえたちを教える。決して忘れてはいけない。
 それではもう日中だからみんなは立ってやすみ、食事《しょくじ》をしてよろしい。」
 アラムハラドは礼《れい》をうけ自分もしずかに立ちあがりました。そして自分の室に帰る途中《とちゅう》ふとまた眼をつぶりました。さっきの美しい青い景色《けしき》がまたはっきりと見えました。そしてその中にはねのような軽《かる》い黄金いろの着物《きもの》を着た人が四人まっすぐに立っているのを見ました。
 アラムハラドは急《いそ》いで眼をひらいて少し首をかたむけながら自分の室に入りました。

     二

 アラムハラドは子供らにかこまれながらしずかに林へはいって行きました。
 つめたいしめった空気がしんとみんなのからだにせまったとき子供らは歓呼《かんこ》の声をあげました。そんなに樹《き》は高く深《ふか》くしげっていたのです。それにいろいろの太さの蔓《つる》がくしゃくしゃにその木をまといみちも大へんに暗《くら》かったのです。
 ただその梢《こずえ》のところどころ物凄《ものすご》いほど碧《あお》いそらが一きれ二きれやっとのぞいて見えるきり、そんなに林がしげっていればそれほどみんなはよろこびました。
 大臣《だいじん》の子のタルラはいちばんさきに立って鳥を見てはばあと両手《りょうて》をあげて追《お》い栗鼠《りす》を見つけては高く叫《さけ》んでおどしました。走ったりまた停《とま》ったりまるで夢中《むちゅう》で進《すす》みました。
 みんなはかわるがわるいろいろなことをアラムハラドにたずねました。アラムハラドは時々はまだ一つの答をしないうちにも一つの返事《へんじ》をしなければなりませんでした。
 セララバアドは小さな革《かわ》の水入れを肩《かた》からつるして首を垂《た》れてみんなの問《とい》やアラムハラドの答をききながらいちばんあとから少し笑《わら》ってついて来ました。
 林はだんだん深《ふか》くなりかしの木やくすの木や空も見えないようでした。
 そのときサマシャードという小さな子が一本の高いなつめの木を見つけて叫びました。
「なつめの木だぞ。なつめの木だ。とれないかなあ。」
 みんなもアラムハラドも一度《いちど》にその高い梢を見上げました。アラムハラドは云《い》いました。
「あの木は高くてとどかない。私どもはその実《み》をとることができないのだ。けれどもおまえたちは名高いヴェー
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