ッサンタラ大王のはなしを知っているだろう。ヴェーッサンタラ大王は檀波羅蜜《だんばらみつ》の行《ぎょう》と云ってほしいと云われるものは何でもやった。宝石《ほうせき》でも着物《きもの》でも喰《た》べ物でもそのほか家でもけらいでも何でもみんな乞《こ》われるままに施《ほどこ》された。そしておしまいとうとう国の宝《たから》の白い象《ぞう》をもお与《あた》えなされたのだ。けらいや人民《じんみん》ははじめは堪《こら》えていたけれどもついには国も亡《ほろ》びそうになったので大王を山へ追《お》い申《もう》したのだ。大王はお妃《きさき》と王子王女とただ四人で山へ行かれた。大きな林にはいったとき王子たちは林の中の高い樹《き》の実《み》を見てああほしいなあと云《い》われたのだ。そのとき大王の徳《とく》には林の樹もまた感《かん》じていた。樹の枝《えだ》はみな生物のように垂《た》れてその美《うつく》しい果実《くだもの》を王子たちに奉《たてまつ》った。
これを見たものみな身《み》の毛もよだち大地も感《かん》じて三べんふるえたと云うのだ。いま私らはこの実をとることができない。けれどももしヴェーッサンタラ大王のように大へんに徳のある人ならばそしてその人がひどく飢《う》えているならば木の枝はやっぱりひとりでに垂れてくるにちがいない。それどころでない、その人は樹をちょっと見あげてよろこんだだけでもう食べたとおんなじことにもなるのだ。」
アラムハラドは斯《こ》う云ってもう一度《いちど》林の高い木を見あげました。まっ黒な木の梢《こずえ》から一きれのそらがのぞいておりましたがアラムハラドは思わず眼《め》をこすりました。さっきまでまっ青《さお》で光っていたその空がいつかまるで鼠《ねずみ》いろに濁《にご》って大へん暗《くら》く見えたのです。樹はゆさゆさとゆすれ大へんにむしあつくどうやら雨が降《ふ》って来そうなのでした。
「ああこれは降って来る。もうどんなに急《いそ》いでもぬれないというわけにはいかない。からだの加減《かげん》の悪《わる》いものは誰々《だれだれ》だ。ひとりもないか。畑《はたけ》のものや木には大へんいいけれどもまさか今日こんなに急《きゅう》に降るとは思わなかった。私たちはもう帰らないといけない。」
けれどもアラムハラドはまだ降るまではよほど間《ま》があると思っていました。ところがアラムハラドの斯《こ》う云ってしまうかしまわないうちにもう林がぱちぱち鳴りはじめました。それも手をひろげ顔をそらに向《む》けてほんとうにそれが雨かどうか見ようとしても雨のつぶは見えませんでした。
ただ林の濶《ひろ》い木の葉《は》がぱちぱち鳴っている〔以下原稿数枚?なし〕
入れを右手でつかんで立っていました。〔以下原稿空白〕
底本:「インドラの網」角川文庫、角川書店
1996(平成8)年4月25日初版発行
底本の親本:「新校本 宮澤賢治全集」筑摩書房
1995(平成7)年5月〜
入力:土屋隆
校正:田中敬三
2005年9月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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