》を全体《ぜんたい》誰《だれ》がたべるのだ」
 ホモイは泣《な》きだしました。りすはしばらくきのどくそうに立って見ておりましたが、とうとうこそこそみんな逃《に》げてしまいました。
 兎《うさぎ》のお父さんがまた申《もう》しました。
 「お前はもうだめだ。貝《かい》の火を見てごらん。きっと曇《くも》ってしまっているから」
 兎《うさぎ》のおっかさんまでが泣《な》いて、前かけで涙をそっとぬぐいながら、あの美しい玉のはいった瑪瑙《めのう》の函《はこ》を戸棚《とだな》から取り出しました。
 兎《うさぎ》のおとうさんは函《はこ》を受けとって蓋《ふた》をひらいて驚《おどろ》きました。
 珠《たま》は一昨日《おととい》の晩《ばん》よりも、もっともっと赤く、もっともっと速《はや》く燃《も》えているのです。
 みんなはうっとりみとれてしまいました。兎《うさぎ》のおとうさんはだまって玉をホモイに渡《わた》してご飯《はん》を食べはじめました。ホモイもいつか涙《なみだ》がかわきみんなはまた気持ちよく笑《わら》い出しいっしょにご飯《はん》をたべてやすみました。
       *
 次《つぎ》の朝早くホモイはまた野原に出ました。
 今日もよいお天気です。けれども実《み》をとられた鈴蘭《すずらん》は、もう前のようにしゃりんしゃりんと葉《は》を鳴らしませんでした。
 向《む》こうの向《む》こうの青い野原のはずれから、狐《きつね》が一生けん命《めい》に走って来て、ホモイの前にとまって、
 「ホモイさん。昨日《きのう》りすに鈴蘭《すずらん》の実《み》を集《あつ》めさせたそうですね。どうです。今日は私がいいものを見つけて来てあげましょう。それは黄色でね、もくもくしてね、失敬《しっけい》ですが、ホモイさん、あなたなんかまだ見たこともないやつですぜ。それから、昨日《きのう》むぐらに罰《ばつ》をかけるとおっしゃったそうですね。あいつは元来《がんらい》横着《おうちゃく》だから、川の中へでも追《お》いこんでやりましょう」と言《い》いました。
 ホモイは、
 「むぐらは許《ゆる》しておやりよ。僕《ぼく》もう今朝《けさ》許《ゆる》したよ。けれどそのおいしいたべものは少しばかり持《も》って来てごらん」と言《い》いました。
 「合点《がってん》、合点《がってん》。十分間だけお待《ま》ちなさい。十分間ですぜ」と言《い》って狐《きつね》はまるで風のように走って行きました。
 ホモイはそこで高く叫《さけ》びました。
 「むぐら、むぐら、むぐらもち。もうお前は許《ゆる》してあげるよ。泣《な》かなくてもいいよ」
 土の中はしんとしておりました。
 狐《きつね》がまた向こうから走って来ました。そして、
 「さあおあがりなさい。これは天国の天ぷらというもんですぜ。最上等《さいじょうとう》のところです」と言《い》いながら盗《ぬす》んで来た角《かく》パンを出しました。
 ホモイはちょっとたべてみたら、実《じつ》にどうもうまいのです。そこで狐《きつね》に、
 「こんなものどの木にできるのだい」とたずねますと狐《きつね》が横《よこ》を向《む》いて一つ「ヘン」と笑《わら》ってから申《もう》しました。
 「台所《だいどころ》という木ですよ。ダアイドコロという木ね。おいしかったら毎日|持《も》って来てあげましょう」
 ホモイが申《もう》しました。
 「それでは毎日きっと三つずつ持《も》って来ておくれ。ね」
 狐《きつね》がいかにもよくのみこんだというように目をパチパチさせて言《い》いました。
 「へい。よろしゅうございます。そのかわり私の鶏《とり》をとるのを、あなたがとめてはいけませんよ」
 「いいとも」とホモイが申《もう》しました。
 すると狐《きつね》が、
 「それでは今日の分、もう二つ持《も》って来ましょう」と言《い》いながらまた風のように走って行きました。
 ホモイはそれをおうちに持《も》って行ってお父さんやお母さんにあげる時の事《こと》を考えていました。
 お父さんだって、こんなおいしいものは知らないだろう。僕《ぼく》はほんとうに孝行《こうこう》だなあ。
 狐《きつね》が角《かく》パンを二つくわえて来てホモイの前に置《お》いて、急《いそ》いで「さよなら」と言《い》いながらもう走っていってしまいました。ホモイは、
 「狐《きつね》はいったい毎日何をしているんだろう」とつぶやきながらおうちに帰りました。
 今日はお父さんとお母さんとが、お家の前で鈴蘭《すずらん》の実《み》を天日《てんぴ》にほしておりました。
 ホモイが、
 「お父さん。いいものを持《も》った来ましたよ。あげましょうか。まあちょっとたべてごらんなさい」と言《い》いながら角《かく》パンを出しました。
 兎《うさぎ》のお父さんはそれを受《う》けとって眼鏡《めがね》をはずして、よくよく調《しら》べてから言《い》いました。
 「お前はこんなものを狐《きつね》にもらったな。これは盗《ぬす》んで来たもんだ。こんなものをおれは食べない」そしておとうさんは、も一つホモイのお母さんにあげようと持《も》っていた分も、いきなり取《と》りかえして自分のといっしょに土に投《な》げつけてむちゃくちゃにふみにじってしまいました。
 ホモイはわっと泣《な》きだしました。兎《うさぎ》のお母さんもいっしょに泣《な》きました。
 お父さんがあちこち歩きながら、
 「ホモイ、お前はもう駄目《だめ》だ。玉を見てごらん。もうきっと砕《くだ》けているから」と言《い》いました。
 お母さんが泣《な》きながら函《はこ》を出しました。玉はお日さまの光を受《う》けて、まるで天上に昇《のぼ》って行きそうに美《うつく》しく燃《も》えました。
 お父さんは玉をホモイに渡《わた》してだまってしまいました。ホモイも玉を見ていつか涙《なみだ》を忘《わす》れてしまいました。
       *
 次《つぎ》の日ホモイはまた野原に出ました。
 狐《きつね》が走って来てすぐ角《かく》パンを三つ渡《わた》しました。ホモイはそれを急《いそ》いで台所《だいどころ》の棚《たな》の上に載《の》せてまた野原に来《き》ますと狐《きつね》がまだ待《ま》っていて言《い》いました。
 「ホモイさん。何かおもしろいことをしようじゃありませんか」ホモイが、
 「どんなこと?」とききますと狐《きつね》が言《い》いました。
 「むぐらを罰《ばつ》にするのはどうです。あいつは実《じつ》にこの野原の毒《どく》むしですぜ。そしてなまけものですぜ。あなたが一|遍《ぺん》許《ゆる》すって言《い》ったのなら、今日は私だけでひとつむぐらをいじめますから、あなたはだまって見ておいでなさい。いいでしょう」
 ホモイは、
 「うん、毒《どく》むしなら少しいじめてもよかろう」と言《い》いました。
 狐《きつね》は、しばらくあちこち地面《じめん》を嗅《か》いだり、とんとんふんでみたりしていましたが、とうとう一つの大きな石を起《お》こしました。するとその下にむぐらの親子が八|疋《ぴき》かたまってぶるぶるふるえておりました。狐《きつね》が、
 「さあ、走れ、走らないと、噛《か》み殺《ころ》すぞ」といって足をどんどんしました。むぐらの親子は、
 「ごめんください。ごめんください」と言《い》いながら逃《に》げようとするのですが、みんな目が見えない上に足がきかないものですからただ草を掻《か》くだけです。
 いちばん小さな子はもうあおむけになって気絶《きぜつ》したようです。狐《きつね》ははがみをしました。ホモイも思わず、
 「シッシッ」と言《い》って足を鳴らしました。その時、
 「こらっ、何をする」と言《い》う大きな声がして、狐《きつね》がくるくると四|遍《へん》ばかりまわって、やがていちもくさんに逃《に》げました。
 見るとホモイのお父さんが来ているのです。
 お父さんは、急《いそ》いでむぐらをみんな穴《あな》に入れてやって、上へもとのように石をのせて、それからホモイの首《くび》すじをつかんで、ぐんぐんおうちへ引いて行きました。
 おっかさんが出て来て泣《な》いておとうさんにすがりました。お父さんが言《い》いました。
 「ホモイ。お前はもう駄目《だめ》だぞ。今日こそ貝《かい》の火は砕《くだ》けたぞ。出して見ろ」
 お母さんが涙《なみだ》をふきながら函《はこ》を出して来ました。お父さんは函《はこ》の蓋《ふた》を開《ひら》いて見ました。
 するとお父さんはびっくりしてしまいました。貝《かい》の火が今日ぐらい美《うつく》しいことはまだありませんでした。それはまるで赤や緑《みどり》や青や様々《さまざま》の火がはげしく戦争《せんそう》をして、地雷火《じらいか》をかけたり、のろしを上げたり、またいなずまがひらめいたり、光の血《ち》が流《なが》れたり、そうかと思うと水色の焔《ほのお》が玉の全体《ぜんたい》をパッと占領《せんりょう》して、今度《こんど》はひなげしの花や、黄色のチュウリップ、薔薇《ばら》やほたるかずらなどが、一面《いちめん》風にゆらいだりしているように見えるのです。
 兎《うさぎ》のお父さんは黙《だま》って玉をホモイに渡《わた》しました。ホモイはまもなく涙《なみだ》も忘《わす》れて貝《かい》の火をながめてよろこびました。
 おっかさんもやっと安心《あんしん》して、おひるのしたくをしました。
 みんなはすわって角《かく》パンをたべました。
 お父さんが言《い》いました。
 「ホモイ。狐《きつね》には気をつけないといけないぞ」
 ホモイが申《もう》しました。
 「お父さん、大丈夫《だいじょうぶ》ですよ。狐《きつね》なんかなんでもありませんよ。僕《ぼく》には貝《かい》の火があるのですもの。あの玉が砕《くだ》けたり曇《くも》ったりするもんですか」
 お母さんが申《もう》しました。
 「本当にね、いい宝石《いし》だね」
 ホモイは得意《とくい》になって言《い》いました。
 「お母さん。僕《ぼく》はね、うまれつきあの貝《かい》の火と離《はな》れないようになってるんですよ。たとえ僕《ぼく》がどんな事《こと》をしたって、あの貝《かい》の火がどこかへ飛《と》んで行くなんて、そんな事《こと》があるもんですか。それに僕《ぼく》毎日百ずつ息《いき》をかけてみがくんですもの」
 「実際《じっさい》そうだといいがな」とお父さんが申《もう》しました。
 その晩《ばん》ホモイは夢《ゆめ》を見ました。高い高い錐《きり》のような山の頂上《ちょうじょう》に片脚《かたあし》で立っているのです。
 ホモイはびっくりして泣《な》いて目をさましました。
       *
 次の朝ホモイはまた野に出ました。
 今日は陰気《いんき》な霧《きり》がジメジメ降《ふ》っています。木も草もじっと黙《だま》り込《こ》みました。ぶなの木さえ葉《は》をちらっとも動かしません。
 ただあのつりがねそうの朝の鐘《かね》だけは高く高く空にひびきました。
 「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」おしまいの音がカアンと向《む》こうから戻《もど》って来ました。
 そして狐《きつね》が角《かく》パンを三つ持《も》って半《はん》ズボンをはいてやって来ました。
 「狐《きつね》。お早う」とホモイが言《い》いました。
 狐《きつね》はいやな笑《わら》いようをしながら、
 「いや昨日《きのう》はびっくりしましたぜ。ホモイさんのお父さんもずいぶんがんこですな。しかしどうです。すぐご機嫌《きげん》が直《なお》ったでしょう。今日は一つうんとおもしろいことをやりましょう。動物園《どうぶつえん》をあなたはきらいですか」と言《い》いました。
 ホモイが、
 「うん。きらいではない」と申《もう》しました。
 狐《きつね》が懐《ふところ》から小さな網《あみ》を出しました。そして、
 「そら、こいつをかけておくと、とんぼでも蜂《はち》でも雀《すずめ》でも、かけすでも、もっと大きなやつでもひっかかりますぜ。それを集《あつ》めて一つ動物園《どうぶつえん》を
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