。そら火をふいた。ふいたぞ。おもしろいな。まるで花火だ。おや、おや、おや、火がもくもく湧《わ》いている。二つにわかれた。奇麗《きれい》だな。火花だ。火花だ。まるでいなずまだ。そら流《なが》れ出したぞ。すっかり黄金色《きんいろ》になってしまった。うまいぞ、うまいぞ。そらまた火をふいた」
 おとうさんはもう外へ出ていました。おっかさんがにこにこして、おいしい白い草の根《ね》や青いばらの実《み》を持《も》って来て言《い》いました。
 「さあ早くおかおを洗《あら》って、今日は少し運動《うんどう》をするんですよ。どれちょっとお見せ。まあ本当に奇麗《きれい》だね。お前がおかおを洗《あら》っている間おっかさんが見ていてもいいかい」
 ホモイが言《い》いました。
 「いいとも。これはうちの宝物《たからもの》なんだから、おっかさんのだよ」そしてホモイは立って家《うち》の入り口の鈴蘭《すずらん》の葉《は》さきから、大粒《おおつぶ》の露《つゆ》を六つほど取《と》ってすっかりお顔を洗《あら》いました。
 ホモイはごはんがすんでから、玉へ百|遍《ぺん》息《いき》をふきかけ、それから百|遍《ぺん》紅雀《べにすずめ》の毛でみがきました。そしてたいせつに紅雀《べにすずめ》のむな毛につつんで、今まで兎《うさぎ》の遠めがねを入れておいた瑪瑙《めのう》の箱《はこ》にしまってお母さんにあずけました。そして外に出ました。
 風が吹《ふ》いて草《くさ》の露《つゆ》がバラバラとこぼれます。つりがねそうが朝の鐘《かね》を、
 「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」と鳴らしています。
 ホモイはぴょんぴょん跳《と》んで樺《かば》の木の下に行きました。
 すると向《む》こうから、年をとった野馬がやって参《まい》りました。ホモイは少し怖《こわ》くなって戻《もど》ろうとしますと、馬はていねいにおじぎをして言《い》いました。
 「あなたはホモイさまでござりますか。こんど貝《かい》の火がお前さまに参《まい》られましたそうで実《じつ》に祝着《しゅうちゃく》に存《ぞん》じまする。あの玉がこの前|獣《けもの》の方に参《まい》りましてからもう千二百年たっていると申《もう》しまする。いや、実《じつ》に私めも今朝《けさ》そのおはなしを承《うけたま》わりまして、涙《なみだ》を流《なが》してござります」馬はボロボロ泣《な》きだしました。
 ホモイはあきれていましたが、馬があんまり泣《な》くものですから、ついつりこまれてちょっと鼻《はな》がせらせらしました。馬は風呂敷《ふろしき》ぐらいある浅黄《あさぎ》のはんけちを出して涙《なみだ》をふいて申《もう》しました。
 「あなた様《さま》は私《わたし》どもの恩人《おんじん》でございます。どうかくれぐれもおからだを大事《だいじ》になされてくだされませ」そして馬はていねいにおじぎをして向《む》こうへ歩いて行きました。
 ホモイはなんだかうれしいようなおかしいような気がしてぼんやり考えながら、にわとこの木の影《かげ》に行きました。するとそこに若《わか》い二|疋《ひき》の栗鼠《りす》が、仲《なか》よく白いお餠《もち》をたべておりましたがホモイの来たのを見ると、びっくりして立ちあがって急《いそ》いできもののえりを直《なお》し、目を白黒くして餠《もち》をのみ込《こ》もうとしたりしました。
 ホモイはいつものように、
 「りすさん。お早う」とあいさつをしましたが、りすは二|疋《ひき》とも堅《かた》くなってしまって、いっこうことばも出ませんでした。ホモイはあわてて、
 「りすさん。今日もいっしょにどこか遊《あそ》びに行きませんか」と言《い》いますと、りすはとんでもないと言《い》うように目をまん円にして顔を見合わせて、それからいきなり向《む》こうを向《む》いて一生けん命《めい》逃《に》げて行ってしまいました。
 ホモイはあきれてしまいました。そして顔色を変《か》えてうちへ戻《もど》って来て、
 「おっかさん。なんだかみんな変《へん》なぐあいですよ。りすさんなんか、もう僕《ぼく》を仲間《なかま》はずれにしましたよ」と言《い》いますと兎《うさぎ》のおっかさんが笑《わら》って答えました。
 「それはそうですよ。お前はもう立派《りっぱ》な人になったんだから、りすなんか恥《は》ずかしいのです。ですからよく気をつけてあとで笑《わら》われないようにするんですよ」
 ホモイが言《い》いました。
 「おっかさん。それは大丈夫《だいじょうぶ》ですよ。それなら僕《ぼく》はもう大将《たいしょう》になったんですか」
 おっかさんもうれしそうに、
 「まあそうです」と申《もう》しました。
 ホモイが悦《よろこ》んで踊《おど》りあがりました。
 「うまいぞ。うまいぞ。もうみんな僕《ぼく》のてしたなんだ。狐《きつね》なんかもうこわくもなんともないや。おっかさん。僕《ぼく》ね、りすさんを少将《しょうしょう》にするよ。馬はね、馬は大佐《たいさ》にしてやろうと思うんです」
 おっかさんが笑《わら》いながら、
 「そうだね、けれどもあんまりいばるんじゃありませんよ」と申《もう》しました。
 ホモイは、
 「大丈夫《だいじょうぶ》ですよ。おっかさん、僕《ぼく》ちょっと外へ行って来ます」と言《い》ったままぴょんと野原へ飛《と》び出しました。するとすぐ目の前をいじわるの狐《きつね》が風のように走って行きます。
 ホモイはぶるぶる顫《ふる》えながら思い切って叫《さけ》んでみました。
 「待《ま》て。狐《きつね》。僕《ぼく》は大将《たいしょう》だぞ」
 狐《きつね》がびっくりしてふり向《む》いて顔色を変《か》えて申《もう》しました。
 「へい。存《ぞん》じております。へい、へい。何かご用でございますか」
 ホモイができるくらい威勢《いせい》よく言《い》いました。
 「お前はずいぶん僕《ぼく》をいじめたな。今度《こんど》は僕《ぼく》のけらいだぞ」
 狐《きつね》は卒倒《そっとう》しそうになって、頭に手をあげて答えました。
 「へい、お申《もう》し訳《わけ》もございません。どうかお赦《ゆる》しをねがいます」
 ホモイはうれしさにわくわくしました。
 「特別《とくべつ》に許《ゆる》してやろう。お前を少尉《しょうい》にする。よく働《はたら》いてくれ」
 狐《きつね》が悦《よろこ》んで四遍《よんへん》ばかり廻《まわ》りました。
 「へいへい。ありがとう存《ぞん》じます。どんな事《こと》でもいたします。少しとうもろこしを盗《ぬす》んで参《まい》りましょうか」
 ホモイが申《もう》しました。
 「いや、それは悪《わる》いことだ。そんなことをしてはならん」
 狐《きつね》は頭を掻《か》いて申《もう》しました。
 「へいへい。これからは決《けっ》していたしません。なんでもおいいつけを待《ま》っていたします」
 ホモイは言《い》いました。
 「そうだ。用があったら呼《よ》ぶからあっちへ行っておいで」狐《きつね》はくるくるまわっておじぎをして向《む》こうへ行ってしまいました。
 ホモイはうれしくてたまりません。野原を行ったり来たりひとりごとを言《い》ったり、笑《わら》ったりさまざまの楽《たの》しいことを考えているうちに、もうお日様《ひさま》が砕《くだ》けた鏡《かがみ》のように樺《かば》の木の向《む》こうに落《お》ちましたので、ホモイも急《いそ》いでおうちに帰りました。
 兎《うさぎ》のおとうさまももう帰っていて、その晩《ばん》は様々《さまざま》のご馳走《ちそう》がありました。ホモイはその晩《ばん》も美《うつく》しい夢《ゆめ》を見ました。
       *
 次の日ホモイは、お母さんに言《い》いつけられて笊《ざる》を持《も》って野原に出て、鈴蘭《すずらん》の実《み》を集《あつ》めながらひとりごとを言《い》いました。
 「ふん、大将《たいしょう》が鈴蘭《すずらん》の実《み》を集《あつ》めるなんておかしいや。誰《だれ》かに見つけられたらきっと笑《わら》われるばかりだ。狐《きつね》が来るといいがなあ」
 すると足の下がなんだかもくもくしました。見るとむぐらが土をくぐってだんだん向《む》こうへ行こうとします。ホモイは叫《さけ》びました。
 「むぐら、むぐら、むぐらもち、お前は僕《ぼく》の偉《えら》くなったことを知ってるかい」
 むぐらが土の中で言《い》いました。
 「ホモイさんでいらっしゃいますか。よく存《ぞん》じております」
 ホモイは大いばりで言《い》いました。
 「そうか。そんならいいがね。僕《ぼく》、お前を軍曹《ぐんそう》にするよ。そのかわり少し働《はたら》いてくれないかい」
 むぐらはびくびくして尋《たず》ねました。
 「へいどんなことでございますか」
 ホモイがいきなり、
 「鈴蘭《すずらん》の実《み》を集《あつ》めておくれ」と言《い》いました。
 むぐらは土の中で冷汗《ひやあせ》をたらして頭をかきながら、
 「さあまことに恐《おそ》れ入りますが私は明るい所《ところ》の仕事《しごと》はいっこう無調法《ぶちょうほう》でございます」と言《い》いました。
 ホモイはおこってしまって、
 「そうかい。そんならいいよ。頼《たの》まないから。あとで見ておいで。ひどいよ」と叫《さけ》びました。
 むぐらは、
 「どうかご免《めん》をねがいます。私は長くお日様《ひさま》を見ますと死《し》んでしまいますので」としきりにおわびをします。
 ホモイは足をばたばたして、
 「いいよ。もういいよ。だまっておいで」と言《い》いました。
 その時|向《む》こうのにわとこの陰《かげ》からりすが五|疋《ひき》ちょろちょろ出て参《まい》りました。そしてホモイの前にぴょこぴょこ頭を下げて申《もう》しました。
 「ホモイさま、どうか私どもに鈴蘭《すずらん》の実《み》をお採《と》らせくださいませ」
 ホモイが、
 「いいとも。さあやってくれ。お前たちはみんな僕《ぼく》の少将《しょうしょう》だよ」
 りすがきゃっきゃっ悦《よろこ》んで仕事《しごと》にかかりました。
 この時|向《む》こうから仔馬《こうま》が六|疋《ぴき》走って来てホモイの前にとまりました。その中のいちばん大きなのが、
 「ホモイ様《さま》。私どもにも何かおいいつけをねがいます」と申《もう》しました。ホモイはすっかり悦《よろこ》んで、
 「いいとも。お前たちはみんな僕《ぼく》の大佐《たいさ》にする。僕《ぼく》が呼《よ》んだら、きっとかけて来ておくれ」といいました。仔馬《こうま》も悦《よろこ》んではねあがりました。
 むぐらが土の中で泣《な》きながら申《もう》しました。
 「ホモイさま、どうか私にもできるようなことをおいいつけください。きっと立派《りっぱ》にいたしますから」
 ホモイはまだおこっていましたので、
 「お前なんかいらないよ。今に狐《きつね》が来たらお前たちの仲間《なかま》をみんなひどい目にあわしてやるよ。見ておいで」と足ぶみをして言《い》いました。
 土の中ではひっそりとして声もなくなりました。
 それからりすは、夕方《ゆうがた》までに鈴蘭《すずらん》の実《み》をたくさん集《あつ》めて、大騒《おおさわ》ぎをしてホモイのうちへ運《はこ》びました。
 おっかさんが、その騒《さわ》ぎにびっくりして出て見て言《い》いました。
 「おや、どうしたの、りすさん」
 ホモイが横《よこ》から口を出して、
 「おっかさん。僕《ぼく》の腕《うで》まえをごらん。まだまだ僕《ぼく》はどんな事《こと》でもできるんですよ」と言《い》いました。兎《うさぎ》のお母さんは返事《へんじ》もなく黙《だま》って考えておりました。
 するとちょうど兎《うさぎ》のお父さんが戻《もど》って来て、その景色《けしき》をじっと見てから申《もう》しました。
 「ホモイ、お前は少し熱《ねつ》がありはしないか。むぐらをたいへんおどしたそうだな。むぐらの家《うち》では、もうみんなきちがいのようになって泣《な》いてるよ。それにこんなにたくさんの実《み
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