一所《ひとところ》小さな小さな針《はり》でついたくらいの白い曇《くも》りが見えるのです。
 ホモイはどうもそれが気になってしかたありませんでした。そこでいつものように、フッフッと息《いき》をかけて、紅雀《べにすずめ》の胸毛《むなげ》で上を軽《かる》くこすりました。
 けれども、どうもそれがとれないのです。その時、お父さんが帰って来ました。そしてホモイの顔色が変《か》わっているのを見て言《い》いました。
 「ホモイ。貝《かい》の火が曇《くも》ったのか。たいへんお前の顔色が悪《わる》いよ。どれお見せ」そして玉をすかして見て笑《わら》って言《い》いました。
 「なあに、すぐ除《と》れるよ。黄色の火なんか、かえって今までよりよけい燃《も》えているくらいだ。どれ、紅雀《べにすずめ》の毛を少しおくれ」そしてお父さんは熱心《ねっしん》にみがきはじめました。けれどもどうも曇《くも》りがとれるどころかだんだん大きくなるらしいのです。
 お母さんが帰って参《まい》りました。そして黙《だま》ってお父さんから貝《かい》の火を受《う》け取《と》って、すかして見てため息《いき》をついて今度《こんど》は自分で息《いき》をかけてみがきました。
 実《じつ》にみんな、だまってため息《いき》ばかりつきながら、かわるがわる一生けん命《めい》みがいたのです。
 もう夕方《ゆうがた》になりました。お父さんは、にわかに気がついたように立ちあがって、
 「まあご飯《はん》を食べよう。今夜|一晩《ひとばん》油《あぶら》に漬《つ》けておいてみろ。それがいちばんいいという話だ」といいました。お母さんはびっくりして、
 「まあ、ご飯《はん》のしたくを忘《わす》れていた。なんにもこさえてない。一昨日《おととい》のすずらんの実《み》と今朝《けさ》の角《かく》パンだけをたべましょうか」と言《い》いました。
 「うんそれでいいさ」とお父さんがいいました。ホモイはため息《いき》をついて玉を函《はこ》に入れてじっとそれを見つめました。
 みんなは、だまってご飯《はん》をすましました。
 お父さんは、
 「どれ油《あぶら》を出してやるかな」と言《い》いながら棚《たな》からかやの実《み》の油《あぶら》の瓶《びん》をおろしました。
 ホモイはそれを受《う》けとって貝《かい》の火を入れた函《はこ》に注《つ》ぎました。そしてあかりをけしてみんな早くからねてしまいました。
       *
 夜中にホモイは眼《め》をさましました。
 そしてこわごわ起《お》きあがって、そっと枕《まくら》もとの貝《かい》の火を見ました。貝《かい》の火は、油《あぶら》の中で魚の眼玉《めだま》のように銀色《ぎんいろ》に光っています。もう赤い火は燃《も》えていませんでした。
 ホモイは大声で泣《な》き出しました。
 兎《うさぎ》のお父さんやお母さんがびっくりして起《お》きてあかりをつけました。
 貝《かい》の火はまるで鉛《なまり》の玉のようになっています。ホモイは泣《な》きながら狐《きつね》の網《あみ》のはなしをお父さんにしました。
 お父さんはたいへんあわてて急《いそ》いで着物《きもの》をきかえながら言《い》いました。
 「ホモイ。お前は馬鹿《ばか》だぞ。俺《おれ》も馬鹿《ばか》だった。お前はひばりの子供《こども》の命《いのち》を助《たす》けてあの玉をもらったのじゃないか。それをお前は一昨日《おととい》なんか生まれつきだなんて言《い》っていた。さあ、野原へ行こう。狐《きつね》がまだ網《あみ》を張《は》っているかもしれない。お前はいのちがけで狐《きつね》とたたかうんだぞ。もちろんおれも手伝《てつだ》う」
 ホモイは泣《な》いて立ちあがりました。兎《うさぎ》のお母さんも泣《な》いて二人のあとを追《お》いました。
 霧《きり》がポシャポシャ降《ふ》って、もう夜があけかかっています。
 狐《きつね》はまだ網《あみ》をかけて、樺《かば》の木の下にいました。そして三人を見て口を曲《ま》げて大声でわらいました。ホモイのお父さんが叫《さけ》びました。
 「狐《きつね》。お前はよくもホモイをだましたな。さあ決闘《けっとう》をしろ」
 狐《きつね》が実《じつ》に悪党《あくとう》らしい顔をして言《い》いました。
 「へん。貴様《きさま》ら三|疋《びき》ばかり食い殺《ころ》してやってもいいが、俺《おれ》もけがでもするとつまらないや。おれはもっといい食べものがあるんだ」
 そして函《はこ》をかついで逃《に》げ出そうとしました。
 「待《ま》てこら」とホモイのお父さんがガラスの箱《はこ》を押《おさ》えたので、狐《きつね》はよろよろして、とうとう函《はこ》を置《お》いたまま逃《に》げて行ってしまいました。
 見ると箱《はこ》の中に鳥が百|疋《ぴき》ばかり、
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