よ。狐《きつね》なんかなんでもありませんよ。僕《ぼく》には貝《かい》の火があるのですもの。あの玉が砕《くだ》けたり曇《くも》ったりするもんですか」
お母さんが申《もう》しました。
「本当にね、いい宝石《いし》だね」
ホモイは得意《とくい》になって言《い》いました。
「お母さん。僕《ぼく》はね、うまれつきあの貝《かい》の火と離《はな》れないようになってるんですよ。たとえ僕《ぼく》がどんな事《こと》をしたって、あの貝《かい》の火がどこかへ飛《と》んで行くなんて、そんな事《こと》があるもんですか。それに僕《ぼく》毎日百ずつ息《いき》をかけてみがくんですもの」
「実際《じっさい》そうだといいがな」とお父さんが申《もう》しました。
その晩《ばん》ホモイは夢《ゆめ》を見ました。高い高い錐《きり》のような山の頂上《ちょうじょう》に片脚《かたあし》で立っているのです。
ホモイはびっくりして泣《な》いて目をさましました。
*
次の朝ホモイはまた野に出ました。
今日は陰気《いんき》な霧《きり》がジメジメ降《ふ》っています。木も草もじっと黙《だま》り込《こ》みました。ぶなの木さえ葉《は》をちらっとも動かしません。
ただあのつりがねそうの朝の鐘《かね》だけは高く高く空にひびきました。
「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」おしまいの音がカアンと向《む》こうから戻《もど》って来ました。
そして狐《きつね》が角《かく》パンを三つ持《も》って半《はん》ズボンをはいてやって来ました。
「狐《きつね》。お早う」とホモイが言《い》いました。
狐《きつね》はいやな笑《わら》いようをしながら、
「いや昨日《きのう》はびっくりしましたぜ。ホモイさんのお父さんもずいぶんがんこですな。しかしどうです。すぐご機嫌《きげん》が直《なお》ったでしょう。今日は一つうんとおもしろいことをやりましょう。動物園《どうぶつえん》をあなたはきらいですか」と言《い》いました。
ホモイが、
「うん。きらいではない」と申《もう》しました。
狐《きつね》が懐《ふところ》から小さな網《あみ》を出しました。そして、
「そら、こいつをかけておくと、とんぼでも蜂《はち》でも雀《すずめ》でも、かけすでも、もっと大きなやつでもひっかかりますぜ。それを集《あつ》めて一つ動物園《どうぶつえん》をやろうじゃありませんか」と言《い》いました。
ホモイはちょっとその動物園《どうぶつえん》の景色《ありさま》を考えてみて、たまらなくおもしろくなりました。そこで、
「やろう。けれども、大丈夫《だいじょうぶ》その網《あみ》でとれるかい」と言《い》いました。
狐《きつね》がいかにもおかしそうにして、
「大丈夫《だいじょうぶ》ですとも。あなたは早くパンを置《お》いておいでなさい。そのうちに私はもう百ぐらいは集《あつ》めておきますから」と言《い》いました。
ホモイは、急《いそ》いで角《かく》パンを取《と》ってお家に帰って、台所《だいどころ》の棚《たな》の上に載《の》せて、また急《いそ》いで帰って来ました。
見るともう狐《きつね》は霧《きり》の中の樺《かば》の木に、すっかり網《あみ》をかけて、口を大きくあけて笑《わら》っていました。
「はははは、ご覧《らん》なさい。もう四|疋《ひき》つかまりましたよ」
狐《きつね》はどこから持《も》って来たか大きな硝子箱《ガラスばこ》を指《ゆび》さして言《い》いました。
本当にその中には、かけすと鶯《うぐいす》と紅雀《べにすずめ》と、ひわと、四|疋《ひき》はいってばたばたしておりました。
けれどもホモイの顔を見ると、みんな急《きゅう》に安心《あんしん》したように静《しず》まりました。
鶯《うぐいす》が硝子《ガラス》越《ご》しに申《もう》しました。
「ホモイさん。どうかあなたのお力で助《たす》けてやってください。私らは狐《きつね》につかまったのです。あしたはきっと食われます。お願《ねが》いでございます。ホモイさん」
ホモイはすぐ箱《はこ》を開《ひら》こうとしました。
すると、狐《きつね》が額《ひたい》に黒い皺《しわ》をよせて、眼《め》を釣《つ》りあげてどなりました。
「ホモイ。気をつけろ。その箱《はこ》に手でもかけてみろ。食い殺《ころ》すぞ。泥棒《どろぼう》め」
まるで口が横《よこ》に裂《さ》けそうです。
ホモイはこわくなってしまって、いちもくさんにおうちへ帰りました。今日はおっかさんも野原に出て、うちにいませんでした。
ホモイはあまり胸《むね》がどきどきするので、あの貝《かい》の火を見ようと函《はこ》を出して蓋《ふた》を開《ひら》きました。
それはやはり火のように燃《も》えておりました。けれども気のせいか、
前へ
次へ
全10ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング