一所《ひとところ》小さな小さな針《はり》でついたくらいの白い曇《くも》りが見えるのです。
 ホモイはどうもそれが気になってしかたありませんでした。そこでいつものように、フッフッと息《いき》をかけて、紅雀《べにすずめ》の胸毛《むなげ》で上を軽《かる》くこすりました。
 けれども、どうもそれがとれないのです。その時、お父さんが帰って来ました。そしてホモイの顔色が変《か》わっているのを見て言《い》いました。
 「ホモイ。貝《かい》の火が曇《くも》ったのか。たいへんお前の顔色が悪《わる》いよ。どれお見せ」そして玉をすかして見て笑《わら》って言《い》いました。
 「なあに、すぐ除《と》れるよ。黄色の火なんか、かえって今までよりよけい燃《も》えているくらいだ。どれ、紅雀《べにすずめ》の毛を少しおくれ」そしてお父さんは熱心《ねっしん》にみがきはじめました。けれどもどうも曇《くも》りがとれるどころかだんだん大きくなるらしいのです。
 お母さんが帰って参《まい》りました。そして黙《だま》ってお父さんから貝《かい》の火を受《う》け取《と》って、すかして見てため息《いき》をついて今度《こんど》は自分で息《いき》をかけてみがきました。
 実《じつ》にみんな、だまってため息《いき》ばかりつきながら、かわるがわる一生けん命《めい》みがいたのです。
 もう夕方《ゆうがた》になりました。お父さんは、にわかに気がついたように立ちあがって、
 「まあご飯《はん》を食べよう。今夜|一晩《ひとばん》油《あぶら》に漬《つ》けておいてみろ。それがいちばんいいという話だ」といいました。お母さんはびっくりして、
 「まあ、ご飯《はん》のしたくを忘《わす》れていた。なんにもこさえてない。一昨日《おととい》のすずらんの実《み》と今朝《けさ》の角《かく》パンだけをたべましょうか」と言《い》いました。
 「うんそれでいいさ」とお父さんがいいました。ホモイはため息《いき》をついて玉を函《はこ》に入れてじっとそれを見つめました。
 みんなは、だまってご飯《はん》をすましました。
 お父さんは、
 「どれ油《あぶら》を出してやるかな」と言《い》いながら棚《たな》からかやの実《み》の油《あぶら》の瓶《びん》をおろしました。
 ホモイはそれを受《う》けとって貝《かい》の火を入れた函《はこ》に注《つ》ぎました。そしてあかりをけしてみ
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