さいました。
 冬が近くて、天山[※5]はもうまっ白になり、桑《くわ》の葉《は》が黄いろに枯《か》れてカサカサ落ちました頃《ころ》、ある日のこと、童子が俄かに帰っておいでです。母さまが窓《まど》から目敏《めざと》く見付けて出て行かれました。
 須利耶さまは知らないふりで写経を続けておいてです。
(まあお前は今ごろどうしたのです。)
(私、もうお母さんと一緒《いっしょ》に働《はた》らこうと思います。勉強《べんきょう》している暇《ひま》はないんです。)
 母さまは、須利耶さまのほうに気兼《きが》ねしながら申されました。
(お前はまたそんなおとなのようなことを云って、仕方《しかた》ないではありませんか。早く帰って勉強して、立派になって、みんなの為《ため》にならないとなりません。)
(だっておっかさん。おっかさんの手はそんなにガサガサしているのでしょう。それだのに私の手はこんななんでしょう。)
(そんなことをお前が云わなくてもいいのです。誰《だれ》でも年を老《と》れば手は荒《あ》れます。そんなことより、早く帰って勉強をなさい。お前の立派になることばかり私には楽《たのし》みなんだから。お父さんが
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