入り、母さまが迎《むか》えなされて戸の環を嵌《は》めておられますうちに、童子はいつかご自分の床に登って、着換えもせずにぐっすり眠ってしまわれました。
また次のようなことも申します。
ある日須利耶さまは童子と食卓《しょくたく》にお座《すわ》りなさいました。食品の中に、蜜《みつ》で煮《に》た二つの鮒《ふな》がございました。須利耶の奥さまは、一つを須利耶さまの前に置かれ、一つを童子にお与《あた》えなされました。
(喰《た》べたくないよおっかさん。)童子が申されました。(おいしいのだよ。どれ、箸《はし》をお貸《か》し。)
須利耶の奥さまは童子の箸をとって、魚を小さく砕《くだ》きながら、(さあおあがり、おいしいよ。)と勧《すす》められます。童子は母さまの魚を砕く間、じっとその横顔を見ていられましたが、俄かに胸が変な工合《ぐあい》に迫《せま》ってきて気の毒《どく》なような悲しいような何とも堪《たま》らなくなりました。くるっと立って鉄砲玉《てっぽうだま》のように外へ走って出られました。そしてまっ白な雲の一杯に充《み》ちた空に向って、大きな声で泣き出しました。まあどうしたのでしょう、と須利耶の奥
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