《も》え出し、世《よ》にも悲しく叫《さけ》びながら、落《お》ちて参《まい》ったのでございます。
 弾丸がまた昇って次《つぎ》の雁の胸をつらぬきました。それでもどの雁も、遁《に》げはいたしませんでした。
 却《かえ》って泣《な》き叫びながらも、落ちて来る雁に随《したが》いました。
 第三の弾丸が昇り、
 第四の弾丸がまた昇りました。
 六発の弾丸が六疋《ぴき》の雁を傷つけまして、一ばんしまいの小さな一疋だけが、傷つかずに残《のこ》っていたのでございます。燃え叫ぶ六疋は、悶《もだ》えながら空を沈《しず》み、しまいの一疋は泣いて随い、それでも雁の正しい列は、決《けっ》して乱《みだ》れはいたしません。
 そのとき須利耶さまの愕《おど》ろきには、いつか雁がみな空を飛《と》ぶ人の形に変《かわ》っておりました。
 赤い焔《ほのお》に包《つつ》まれて、歎《なげ》き叫んで手足をもだえ、落ちて参る五人、それからしまいに只《ただ》一人、完《まった》いものは可愛らしい天の子供《こども》でございました。
 そして須利耶さまは、たしかにその子供に見覚《みおぼ》えがございました。最初《さいしょ》のものは、もはや地面《じめん》に達《たっ》しまする。それは白い鬚《ひげ》の老人で、倒《たお》れて燃えながら、骨立《ほねだ》った両手《りょうて》を合《あわ》せ、須利耶さまを拝《おが》むようにして、切なく叫びますのには、
(須利耶さま、須利耶さま、おねがいでございます。どうか私の孫《まご》をお連《つ》れ下さいませ。)
 もちろん須利耶さまは、馳《は》せ寄《よ》って申されました。《いいとも、いいとも、確《たし》かにおれが引き取《と》ってやろう。しかし一体お前らは、どうしたのだ。》そのとき次々《つぎつぎ》に雁が地面に落ちて来て燃えました。大人もあれば美しい瓔珞《ようらく》をかけた女子《おなご》もございました。その女子はまっかな焔に燃えながら、手をあのおしまいの子にのばし、子供は泣《な》いてそのまわりをはせめぐったと申《もう》しまする。雁の老人が重ねて申しますには、
(私共は天の眷属《けんぞく》[※3]でございます。罪があってただいままで雁の形を受けておりました。只今|報《むく》いを果《はた》しました。私共は天に帰ります。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。これはあなたとは縁《えん》のあるものでございます。どうぞあなたの子にしてお育《そだ》てを願《ねが》います。おねがいでございます。)と斯うでございます。
 須利耶さまが申されました。
(いいとも。すっかり判《わか》った。引き受けた。安心《あんしん》してくれ。)
 すると老人は手を擦《こす》って地面に頭を垂《た》れたと思うと、もう燃えつきて、影《かげ》もかたちもございませんでした。須利耶さまも従弟さまも鉄砲をもったままぼんやりと立っていられましたそうでいったい二人いっしょに夢を見たのかとも思われましたそうですがあとで従弟さまの申されますにはその鉄砲はまだ熱《あつ》く弾丸は減《へ》っておりそのみんなのひざまずいた所《ところ》の草はたしかに倒《たお》れておったそうでございます。
 そしてもちろんそこにはその童子が立っていられましたのです。須利耶さまはわれにかえって童子に向って云われました。
(お前は今日《きょう》からおれの子供だ。もう泣かないでいい。お前の前のお母《かあ》さんや兄さんたちは、立派《りっぱ》な国に昇《のぼ》って行かれた。さあおいで。)
 須利耶さまはごじぶんのうちへ戻《もど》られました。途中《とちゅう》の野原は青い石でしんとして子供は泣きながら随《つ》いて参りました。
 須利耶さまは奥《おく》さまとご相談で、何と名前をつけようか、三、四日お考えでございましたが、そのうち、話はもう沙車全体にひろがり、みんなは子供を雁の童子と呼《よ》びましたので、須利耶さまも仕方なくそう呼んでおいででございました。」
 老人はちょっと息《いき》を切《き》りました。私は足もとの小さな苔《こけ》を見ながら、この怪《あや》しい空から落ちて赤い焔につつまれ、かなしく燃えて行く人たちの姿《すがた》を、はっきりと思い浮《うか》べました。老人はしばらく私を見ていましたが、また語りつづけました。
「沙車の春の終りには、野原いちめん楊の花が光って飛びます。遠くの氷《こおり》の山からは、白い何とも云えず瞳《ひとみ》を痛《いた》くするような光が、日光の中を這《は》ってまいります。それから果樹《かじゅ》がちらちらゆすれ、ひばりはそらですきとおった波をたてまする。童子は早くも六つになられました。春のある夕方のこと、須利耶さまは雁から来たお子さまをつれて、町を通って参られました。葡萄《ぶどう》いろの重《おも》い雲の下を、影法師《かげぼうし》の蝙蝠《こうもり》がひらひ
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング