云いながら、野鼠はぷいっと行ってしまったのでした。
 カン蛙は、野鼠の激昂《げっこう》のあんまりひどいのに、しばらくは呆《あき》れていましたが、なるほど考えて見ると、それも無理はありませんでした。まず野鼠は、ただの鼠にゴム靴をたのむ、ただの鼠は猫《ねこ》にたのむ、猫は犬にたのむ、犬は馬にたのむ、馬は自分の金沓《かなぐつ》を貰《もら》うとき、なんとかかんとかごまかして、ゴム靴をもう一足受け取る、それから、馬がそれを犬に渡《わた》す、犬が猫に渡す、猫がただの鼠に渡す、ただの鼠が野鼠に渡す、その渡しようもいずれあとでお礼をよこせとか何とか、気味の悪い語《ことば》がついていたのでしょう、そのほか馬はあとでゴム靴をごまかしたことがわかったら、人間からよっぽどひどい目にあわされるのでしょう。それ全体を野鼠が心配して考えるのですから、とても命にさわるほどつらい訳です。けれどもカン蛙は、その立派なゴム靴を見ては、もう嬉《うれ》しくて嬉しくて、口がむずむず云うのでした。
 早速《さっそく》それを叩《たた》いたり引っぱったりして、丁度自分の足に合うようにこしらえ直し、にたにた笑いながら足にはめ、その晩一ばん中歩きまわり、暁方《あけがた》になってから、ぐったり疲れて自分の家に帰りました。そして睡《ねむ》りました。

        *

「カン君、カン君、もう雲見の時間だよ。おいおい。カン君。」カン蛙は眼《め》をあけました。見るとブン蛙とベン蛙とがしきりに自分のからだをゆすぶっています。なるほど、東にはうすい黄金色《きんいろ》の雲の峯が美しく聳《そび》えています。
「や、君はもうゴム靴をはいてるね。どこから出したんだ。」
「いや、これはひどい難儀をして大へんな手数をしてそれから命がけほど頭を痛くして取って来たんだ。君たちにはとても持てまいよ。歩いて見せようか。そら、いい工合《ぐあい》だろう。僕がこいつをはいてすっすっと歩いたらまるで芝居《しばい》のようだろう。まるでカーイのようだろう、イーのようだろう。」
「うん、実にいいね。僕たちもほしいよ。けれど仕方ないなあ。」
「仕方ないよ。」
 雪の峯は銀色で、今が一番高い所です。けれどもベン蛙とブン蛙とは、雲なんかは見ないでゴム靴ばかり見ているのでした。
 そのとき向うの方から、一疋の美しいかえるの娘《むすめ》がはねて来てつゆくさの向うからはず
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