幾本もの虫のあるく道を横切って、大粒の雨にうたれゴム靴《ぐつ》をピチャピチャ云はせながら、楢《なら》の木の下のブン蛙のおうちに来て高く叫びました。
「今日は、今日は。」
「どなたですか。あゝ君か。はひり給《たま》へ。」
「うん、どうもひどい雨だね。パッセン大街道も今日はいきものの影さへないぞ。」
「さうか。ずゐぶんひどい雨だ。」
「ところで君も知ってる通り、明後日《あさって》は僕の結婚式なんだ。どうか来て呉れ給へ。」
「うん。さうさう。さう云へばあの時あのちっぽけな赤い虫が何かそんなこと云ってゐたやうだったね。行かう。」
「ありがたう。どうか頼むよ。それではさよならね。」
「さよならね。」
 カン蛙《がへる》は又ピチャピチャ林の中を通ってすゝきの中のベン蛙のうちにやって参りました。
「今日は、今日は。」
「どなたですか。あゝ君か。はひれ。」
「ありがたう。どうもひどい雨だ。パッセン大街道も今日はしんとしてるよ。」
「さうか。ずゐぶんひどいね。」
「ところで君も知ってるだらうが明後日僕の結婚式なんだ。どうか来て呉れ給へ。」
「あゝ、そんなことどこかで聞いたっけねい。行かう。」
「どうか。ではさよならね。」
「さよならね。」そしてカン蛙は又ピチャピチャ林の中を歩き、プイプイ堰《せき》を泳いで、おうちに帰ってやっと安心しました。

          ※

 丁度そのころブン蛙はベン蛙のところへやって来たのでした。
「今日は、今日は。」
「はい。やあ、君か。はひれ。」
「カンが来たらう。」
「うん。いまいましいね。」
「全くだ。畜生。何とかひどい目にあはしてやりたいね。」
「僕がうまいこと考へたよ。明日の朝ね、雨がはれたら結婚式の前に一寸《ちょっと》散歩しようと云ってあいつを引っぱり出して、あそこの萱《かや》の刈跡をあるくんだよ。僕らも少しは痛いだらうがまあ我慢してさ。するとあいつのゴム靴《ぐつ》がめちゃめちゃになるだらう。」
「うん。それはいゝね。しかし僕はまだそれ位ぢゃ腹が癒《い》えないよ。結婚式がすんだらあいつらを引っぱり出して、あの畑の麦をほした杭《くひ》の穴に落してやりたいね。上に何か木の葉でもかぶせて置かう。それは僕がやって置くよ。面白いよ。」
「それもいゝね。ぢゃ、雨がはれたらね。」
「うん。」
「ではさよならね。」
 蛙《かへる》の挨拶《あいさつ》の「さよならね」ももう鼻について厭《あ》きて参りました。もう少しです。我慢して下さい。ほんのもう少しですから。

          ※

 次の日のひるすぎ、雨がはれて陽《ひ》が射《さ》しました。ベン蛙とブン蛙とが一緒にカン蛙のうちへやって来ました。
「やあ、今日はおめでたう。お招き通りやって来たよ。」
「うん、ありがたう。」
「ところで式まで大分時間があるだらう。少し歩かうか。散歩すると血色がよくなるぜ。」
「さうだ。では行かう。」
「三人で手をつないでかうね。」ブン蛙とベン蛙とが両方からカン蛙の手を取りました。
「どうも雨あがりの空気は、実にうまいね。」
「うん。さっぱりして気持ちがいゝね。」三疋は萱《かや》の刈跡にやって参りました。
「あゝいゝ景色だ。こゝを通って行かう。」
「おい。こゝはよさうよ。もう帰らうよ。」
「いゝや折角来たんだもの。も少し行かう。そら歩きたまへ。」二疋は両方からぐいぐいカン蛙の手をひっぱって、自分たちも足の痛いのを我慢しながらぐんぐん萱の刈跡をあるきました。
「おい。よさうよ。よして呉れよ。こゝは歩けないよ。あぶないよ。帰らうよ。」
「実にいゝ景色だねえ。も少し急いで行かうか。」と二疋が両方から、まだ破けないカン蛙のゴム靴《ぐつ》を見ながら一緒に云ひました。
「おい。よさうよ。冗談じゃない。よさう。あ痛っ。あぁあ、たうとう穴があいちゃった。」
「どうだ。この空気のうまいこと。」
「おい。帰らうよ。ひっぱらないで呉れよ。」
「実にいゝ景色だねえ。」
「放して呉れ。放して呉れ。放せったら。畜生。」
「おや、君は何かに足をかじられたんだね。そんなにもがかなくてもいゝよ。しっかり押へてるから。」
「放せ、放せ、放せったら、畜生。」
「まだかじってるかい。そいつは大変だ。早く逃げ給へ。走らう。さあ。そら。」
「痛いよ。放せったら放せ。えい畜生。」
「早く、早く。そら、もう大丈夫だ。おや。君の靴《くつ》がぼろぼろだね。どうしたんだらう。」
 実際ゴム靴はもうボロボロになって、カン蛙《がへる》の足からあちこちにちらばって、無くなりました。
 カン蛙は何とも言へないうらめしさうな顔をして、口をむにゃむにゃやりました。実はこれは歯を食ひしばるところなのですが、歯がないのですからむにゃむにゃやるより仕方ないのです。二疋はやっと手をはなして、しきりに両方からお世
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