猫《ねこ》にたのむ、猫は犬にたのむ、犬は馬にたのむ、馬は自分の金沓《かなぐつ》を貰《もら》ふとき、何とかかんとかごまかして、ゴム靴をもう一足受け取る、それから、馬がそれを犬に渡す、犬が猫に渡す、猫がたゞの鼠に渡す、たゞの鼠が野鼠に渡す、その渡しやうもいづれあとでお礼をよこせとか何とか、気味の悪い語《ことば》がついてゐたのでせう、そのほか馬はあとでゴム靴をごまかしたことがわかったら、人間からよほどひどい目にあはされるのでせう。それ全体を野鼠《のねずみ》が心配して考へるのですから、とても命にさはるほどつらい訳です。けれどもカン蛙《がへる》は、その立派なゴム靴《ぐつ》を見ては、もう嬉《うれ》しくて嬉しくて、口がむずむず云ふのでした。
早速それを叩《たた》いたり引っぱったりして、丁度自分の足に合ふやうにこしらへ直し、にたにた笑ひながら足にはめ、その晩一ばん中歩きまはり、暁方《あけがた》になってから、ぐったり疲れて自分の家に帰りました。そして睡《ねむ》りました。
※
「カン君、カン君、もう雲見の時間だよ。おいおい。カン君。」カン蛙は眼《め》をあけました。見るとブン蛙とベン蛙とがしきりに自分のからだをゆすぶってゐます。なるほど、東にはうすい黄金《きん》色の雲の峯が美しく聳《そび》えてゐます。
「や、君はもうゴム靴をはいてるね。どこから出したんだ。」
「いや、これはひどい難儀をして大へんな手数をしてそれから命がけほど頭を痛くして取って来たんだ。君たちにはとても持てまいよ。歩いて見せようか。そら、いゝ工合《ぐあひ》だらう。僕がこいつをはいてすっすっと歩いたらまるで芝居のやうだらう。まるでカーイのやうだらう、イーのやうだらう。」
「うん、実にいゝね。僕たちもほしいよ。けれど仕方ないなあ。」
「仕方ないよ。」
雲の峯は銀色で、今が一番高い所です。けれどもベン蛙とブン蛙とは、雲なんかは見ないでゴム靴ばかり見てゐるのでした。
そのとき向ふの方から、一疋の美しいかへるの娘がはねて来てつゆくさの向ふからはづかしさうに顔を出しました。
「ルラさん、今晩は。何のご用ですか。」
「お父さんが、おむこさんを探して来いって。」娘の蛙は顔を少し平ったくしました。
「僕なんかはどうかなあ。」ベン蛙が云ひました。
「あるいは僕なんかもいゝかもしれないな。」ブン蛙が云ひました。
ところがカン蛙は一言も物を云はずに、すっすっとそこらを歩いてゐたばかりです。
「あら、あたしもうきめたわ。」
「誰《たれ》にさ?」二疋は眼をぱちぱちさせました。
カン蛙はまだすっすっと歩いてゐます。
「あの方だわ。」娘の蛙は左手で顔をかくして右手の指をひろげてカン蛙を指しました。
「おいカン君、お嬢さんがきみにきめたとさ。」
「何をさ?」
カン蛙《がへる》はけろんとした顔つきをしてこっちを向きました。
「お嬢さんがおまへさんを連れて行くとさ。」
カン蛙は急いでこっちへ来ました。
「お嬢さん今晩は、僕に何か用があるんですか。なるほど、さうですか。よろしい。承知しました。それで日はいつにしませう。式の日は。」
「八月二日がいゝわ。」
「それがいゝです。」カン蛙はすまして空を向きました。
そこでは雲の峯がいままたペネタ型になって流れてゐます。
「そんならあたしうちへ帰ってみんなにさう云ふわ。」
「えゝ、」
「さよなら」
「さよならね。」
ベン蛙とブン蛙はぶりぶり怒って、いきなりくるりとうしろを向いて帰ってしまひました。しゃくにさはったまぎれに、あの林の下の堰《せき》を、たゞ二足にちぇっちぇっと泳いだのでした。そのあとでカン蛙のよろこびやうと云ったらもうとてもありません。あちこちあるいてあるいて、東から二十日の月が登るころやっとうちに帰って寝ました。
※
さてルラ蛙の方でも、いろいろ仕度をしたりカン蛙と談判をしたり、だんだん事がまとまりました。いよいよあさってが結婚式といふ日の明方、カン蛙は夢の中で、
「今日は僕はどうしてもみんなの所を歩いて明後日《あさって》の式に招待して来ないといけないな。」と云ひました。ところがその夜明方から朝にかけて、いよいよ雨が降りはじめました。林はガアガアと鳴り、カン蛙のうちの前のつめくさは、うす濁った水をかぶってぼんやりとかすんで見えました。それでもカン蛙は勇んで家を出ました。せきの水は濁って大へんに増し、幾本もの蓼《たで》やつゆくさは、すっかり水の中になりました、飛び込むのは一寸《ちょっと》こはいくらゐです。カン蛙は、けれども一本のたでから、ピチャンと水に飛び込んで、ツイツイツイツイ泳ぎました。泳ぎながらどんどん流されました。それでもとにかく向ふの岸にのぼりました。
それから苔《こけ》の上をずんずん通り、
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