辞を云ひました。
「君、あんまり力を落さない方がいゝよ。靴なんかもうあったってないったって、お嫁さんは来るんだから。」
「もう時間だらう。帰らう。帰って待ってようか。ね。君。」
カン蛙はふさぎこみながらしぶしぶあるき出しました。
※
三疋がカン蛙のおうちに着いてから、しばらくたって、ずうっと向ふから、蕗《ふき》の葉をかざしたりがまの穂を立てたりしてお嫁さんの行列がやって参りました。
だんだん近くになりますと、お父さんにあたるがん郎がへるが、
「こりゃ、むすめ、むこどのはあの三人の中のどれぢゃ。」とルラ蛙をふりかへってたづねました。
ルラ蛙は、小さな目をパチパチさせました。といふわけは、はじめカン蛙を見たときは、実はゴム靴のほかにはなんにも気を付けませんでしたので、三疋ともはだしでぞろりとならんでゐるのでは実際どうも困ってしまひました。そこで仕方なく、
「もっと向ふへ行かないと、よくわからないわ。」と云ひました。
「さうですとも。間違っては大へんです。よくおちついて。」と仲人《なかうど》のかへるもうしろで云ひました。
ところがもっと近くによりますと、尚更《なほさら》わからなくなりました。三疋とも口が大きくて、うすぐろくて、眼の出た工合《ぐあひ》も実によく似てゐるのです。これにはいよいよどうも困ってしまったのでした。ところが、そのうちに、一番右はじに居たカン蛙がパクッと口をあけて、一足前に出ておじぎをしました。そこでルラ蛙もやっと安心して、
「あの方よ。」と云ひました。さてそれから式がはじまりました。その式の盛大なこと酒もりの立派なこととても書くのも大へんです。
とにかく式がすんで、向ふの方はみな引きあげて行きました。その時丁度雲のみねが一番かゞやいて居りました。
「さあ新婚旅行だ。」とベン蛙が云ひました。
「僕たちはぢきそこまで見送らう。」ブン蛙が云ひました。
カン蛙《がへる》も仕方なく、ルラ蛙もつれて、新婚旅行に出かけました。そしてたちまちあの木の葉をかぶせた杭《くひ》あとに来たのです。ブン蛙とベン蛙が、
「あゝ、こゝはみちが悪い。おむこさん。手を引いてあげよう。」と云ひながら、カン蛙が急いでちゞめる間もなく、両方から手をとって、自分たちは穴の両側を歩きながら無理にカン蛙を穴の上にひっぱり出しました。するとカン蛙の載った木の葉がガサリと鳴り、カン蛙はふらふらっと一寸ばかりめり込みました。ブン蛙とベン蛙がくるりと外の方を向いて逃げようとしましたが、カン蛙がピタリと両方共とりついてしまひましたので二疋のふんばった足がぷるぷるっとけいれんし、そのつぎにはたうとう「ポトン、バチャン。」
三疋とも、杭穴の底の泥水の中に陥《お》ちてしまひました。上を見ると、まるで小さな円い空が見えるだけ、かゞやく雲の峯は一寸《ちょっと》のぞいて居りますが、蛙たちはもういくらもがいてもとりつくものもありませんでした。
そこでルラ蛙はもう昔習った六百|米《メートル》の奥の手を出して一目散にお父さんのところへ走って行きました。するとお父さんたちはお酒に酔ってゐてみんなぐうぐう睡《ねむ》ってゐていくら起しても起きませんでした。そこでルラ蛙はまたもとのところへ走って来てまはりをぐるぐるぐるぐるまはって泣きました。
そのうちだんだん夜になりました。
パチャパチャパチャパチャ。
ルラ蛙はまたお父さんのところへ行きました。
いくら起しても起きませんでした。
夜があけました。
パチャパチャパチャパチャ。
ルラ蛙はまたお父さんのところへ行きました。
いくら起しても起きませんでした。
日が暮れました。雲のみねの頭。
パチャパチャパチャパチャ。
ルラ蛙はまたお父さんのところへ行きました。
いくら起しても起きませんでした。
夜が明けました。
パチャパチャパチヤパチャ。
雲のみね。ペネタ形。
ちゃうどこのときお父さんの蛙はやっと眼がさめてルラ蛙がどうなったか見ようと思って出掛けて来ました。
するとそこにはルラ蛙《がへる》がつかれてまっ青になって腕を胸に組んで座ったまゝ睡《ねむ》ってゐました。
「おいどうしたのか。おい。」
「あらお父さん、三人この中へおっこってゐるわ。もう死んだかもしれないわ」
お父さんの蛙は落ちないやうに気をつけながら耳を穴の口へつけて音をききましたら、かすかにぴちゃといふ音がしました。
「占めた」と叫んでお父さんは急いで帰って仲間の蛙をみんなつれて来ました。そして林の中からひかげのかつらをとって来てそれを穴の中につるして、たうとう一ぴきづつ穴からひきあげました。
三疋とももう白い腹を上へ向けて眼はつぶって口も堅くしめて半分死んでゐました。
みんなでごまざいの
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