烏の北斗七星
宮沢賢治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)判《わか》らない
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)義勇|艦隊《かんたい》
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つめたいいじの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだか判《わか》らないようになりました。
烏の義勇|艦隊《かんたい》は、その雲に圧《お》しつけられて、しかたなくちょっとの間、亜鉛《とたん》の板をひろげたような雪の田圃《たんぼ》のうえに横にならんで仮泊《かはく》ということをやりました。
どの艦《ふね》もすこしも動きません。
まっ黒くなめらかな烏の大尉《たいい》、若い艦隊長もしゃんと立ったままうごきません。
からすの大監督《だいかんとく》はなおさらうごきもゆらぎもいたしません。からすの大監督は、もうずいぶんの年老《としよ》りです。眼《め》が灰いろになってしまっていますし、啼《な》くとまるで悪い人形のようにギイギイ云《い》います。
それですから、烏の年齢《とし》を見分ける法を知らない一人の子供が、いつか斯《こ》う云ったのでした。
「おい、この町には咽喉《のど》のこわれた烏が二|疋《ひき》いるんだよ。おい。」
これはたしかに間違《まちが》いで、一疋しか居《お》りませんでしたし、それも決してのどが壊《こわ》れたのではなく、あんまり永い間、空で号令したために、すっかり声が錆《さ》びたのです。それですから烏の義勇艦隊は、その声をあらゆる音の中で一等だと思っていました。
雪のうえに、仮泊ということをやっている烏の艦隊は、石ころのようです。胡麻《ごま》つぶのようです。また望遠鏡でよくみると、大きなのや小さなのがあって馬鈴薯《ばれいしょ》のようです。
しかしだんだん夕方になりました。
雲がやっと少し上の方にのぼりましたので、とにかく烏の飛ぶくらいのすき間ができました。
そこで大監督が息を切らして号令を掛《か》けます。
「演習はじめいおいっ、出発」
艦隊長烏の大尉が、まっさきにぱっと雪を叩《たた》きつけて飛びあがりました。烏の大尉の部下が十八|隻《せき》、順々に飛びあがって大尉に続いてきちんと間隔《かんかく》をとって進みました。
それから戦闘艦隊が三十二隻、次々に出発し、その次に大監督の大艦長が厳《おごそ》かに舞《ま》いあがりました。
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