そのときはもうまっ先の烏の大尉は、四へんほど空で螺旋《うず》を巻いてしまって雲の鼻っ端《ぱし》まで行って、そこからこんどはまっ直《す》ぐに向うの杜《もり》に進むところでした。
二十九隻の巡洋艦《じゅんようかん》、二十五隻の砲艦《ほうかん》が、だんだんだんだん飛びあがりました。おしまいの二隻は、いっしょに出発しました。ここらがどうも烏の軍隊の不規律なところです。
烏の大尉は、杜のすぐ近くまで行って、左に曲がりました。
そのとき烏の大監督が、「大砲《たいほう》撃てっ。」と号令しました。
艦隊は一斉《いっせい》に、があがあがあがあ、大砲をうちました。
大砲をうつとき、片脚《かたあし》をぷんとうしろへ挙げる艦《ふね》は、この前のニダナトラの戦役《せんえき》での負傷兵で、音がまだ脚の神経にひびくのです。
さて、空を大きく四へん廻《まわ》ったとき、大監督が、
「分れっ、解散」と云いながら、列をはなれて杉の木の大監督官舎におりました。みんな列をほごしてじぶんの営舎に帰りました。
烏の大尉は、けれども、すぐに自分の営舎に帰らないで、ひとり、西のほうのさいかちの木に行きました。
雲はうす黒く、ただ西の山のうえだけ濁《にご》った水色の天の淵《ふち》がのぞいて底光りしています。そこで烏仲間でマシリイと呼ぶ銀の一つ星がひらめきはじめました。
烏の大尉は、矢のようにさいかちの枝《えだ》に下《お》りました。その枝に、さっきからじっと停《とま》って、ものを案じている烏があります。それはいちばん声のいい砲艦で、烏の大尉の許嫁《いいなずけ》でした。
「があがあ、遅《おそ》くなって失敬。今日の演習で疲《つか》れないかい。」
「かあお、ずいぶんお待ちしたわ。いっこうつかれなくてよ。」
「そうか。それは結構だ。しかしおれはこんどしばらくおまえと別れなければなるまいよ。」
「あら、どうして、まあ大へんだわ。」
「戦闘艦隊長のはなしでは、おれはあした山烏を追いに行くのだそうだ。」
「まあ、山烏は強いのでしょう。」
「うん、眼玉《めだま》が出しゃばって、嘴《くちばし》が細くて、ちょっと見掛けは偉《えら》そうだよ。しかし訳ないよ。」
「ほんとう。」
「大丈夫《だいじょうぶ》さ。しかしもちろん戦争のことだから、どういう張合でどんなことがあるかもわからない。そのときはおまえはね、おれとの約束《や
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