い苹果《りんご》の木さへ、ありありと見えるころ、どうしたわけか二人とも、急にはねが石のやうにこはばつて、まつさかさまに落ちかゝりました。マヂエル様と叫びながら愕《おど》ろいて眼をさましますと、ほんたうにからだが枝から落ちかゝつてゐます。急いではねをひろげ姿勢を直し、大尉の居る方を見ましたが、またいつかうとうとしますと、こんどは山烏が鼻眼鏡《はなめがね》などをかけてふたりの前にやつて来て、大尉に握手しようとします。大尉が、いかんいかん、と云つて手をふりますと、山烏はピカピカする拳銃《ピストル》を出していきなりずどんと大尉を射殺《いころ》し、大尉はなめらかな黒い胸を張つて倒れかゝります。マヂエル様と叫びながらまた愕いて眼をさますといふあんばいでした。
烏の大尉はこちらで、その姿勢を直すはねの音から、そらのマヂエルを祈る声まですつかり聴いて居りました。
じぶんもまたためいきをついて、そのうつくしい七つのマヂエルの星を仰ぎながら、あゝ、あしたの戦《たたかひ》でわたくしが勝つことがいゝのか、山烏がかつのがいゝのかそれはわたくしにわかりません、たゞあなたのお考のとほりです、わたくしはわたくしにきまつたやうに力いつぱいたゝかひます、みんなみんなあなたのお考へのとほりですとしづかに祈つて居りました。そして東のそらには早くも少しの銀の光が湧《わ》いたのです。
ふと遠い冷たい北の方で、なにか鍵《かぎ》でも触れあつたやうなかすかな声がしました。烏の大尉は夜間双眼鏡《ナイトグラス》を手早く取つて、きつとそつちを見ました。星あかりのこちらのぼんやり白い峠の上に、一本の栗《くり》の木が見えました。その梢《こずゑ》にとまつて空を見あげてゐるものは、たしかに敵の山烏です。大尉の胸は勇ましく躍りました。
「があ、非常召集、があ、非常召集」
大尉の部下はたちまち枝をけたてて飛びあがり大尉のまはりをかけめぐります。
「突貫。」烏の大尉は先登になつてまつしぐらに北へ進みました。
もう東の空はあたらしく研いだ鋼のやうな白光です。
山烏はあわてて枝をけ立てました。そして大きくはねをひろげて北の方へ遁《に》げ出さうとしましたが、もうそのときは駆逐艦たちはまはりをすつかり囲んでゐました。
「があ、があ、があ、があ、があ」大砲の音は耳もつんぼになりさうです。山烏は仕方なく足をぐらぐらしながら上の方へ飛び
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