った。考へて又哂った。
 その男はもう見えなかった。
 その時百姓のおかみさんが小屋の隅《すみ》の幅二尺ばかりの白木の扉《と》を指さして
「どうか婆《ば》にも一寸《ちょっと》遭っておくなさい。」と云った。私はさっきからその扉は外へ出る為《ため》のだと思ってゐたのだ。もっとも時々頭の底でははあ騒動のときのかくれ場所だななどと考へてはゐた。けれども戸があいた。そして黒いゴリゴリのマントらしいものを着てまっ白に光った髪のひどく陰気なばあさんが黙って出て来て黙って座った。そして不思議さうにしげしげ私の顔を見つめた。
 私はふっと自分の服装を見た。たしかに茶いろのポケットの沢山ついた上着を着て長靴《ながぐつ》をはいてゐる。そこで私は又私の役目を思ひ出した。そして又横目でそっと作物の発育の工合《ぐあひ》を眺《なが》めた。一エーカー五百キログラム、いやもっとある、などと考へた。人がうろうろしてゐた。せいの高い顔の滑らかに黄いろな男がゐた。あれは支那《しな》人にちがひないと思った。
 よく見るとたしかに髪を捲いてゐた。その男は大股《おほまた》に右手に入った。それから小さな親切さうな青いきものの男がどう
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