花椰菜
宮沢賢治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)鼠《ねずみ》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)白崎特務|曹長《さうちゃう》が
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うすい鼠《ねずみ》がかった光がそこらいちめんほのかにこめてゐた。
そこはカムチャッカの横の方の地図で見ると山脈の褐色《かっしょく》のケバが明るくつらなってゐるあたりらしかったが実際はそんな山も見えず却《かへ》ってでこぼこの野原のやうに思はれた。
とにかく私は粗末な白木の小屋の入口に座ってゐた。
その小屋といふのも南の方は明けっぱなしで壁もなく窓もなくたゞ二尺ばかりの腰板がぎしぎし張ってあるばかりだった。
一人の髪のもぢゃもぢゃした女と私は何か談《はな》してゐた。その女は日本から渡った百姓のおかみさんらしかった。たしかに肩に四角なきれをかけてゐた。
私は談しながら自分の役目なのでしきりに横目でそっと外を見た。
外はまっくろな腐植土の畑で向ふには暗い色の針葉樹がぞろりとならんでゐた。
小屋のうしろにもたしかにその黒い木がいっぱいにしげってゐるらしかった。畑には灰いろの花椰菜《はなやさい》が光って百本ばかりそれから蕃茄《トマト》の緑や黄金《きん》の葉がくしゃくしゃにからみ合ってゐた。馬鈴薯《ばれいしょ》もあった。馬鈴薯は大抵倒れたりガサガサに枯れたりしてゐた。ロシア人やだったん人がふらふらと行ったり来たりしてゐた。全体祈ってゐるのだらうか畑を作ってゐるのだらうかと私は何べんも考へた。
実にふらふらと踊るやうに泳ぐやうに往来してゐた。そして横目でちらちら私を見たのだ。黒い繻子《しゅす》のみじかい三角マントを着てゐたものもあった。むやみにせいが高くて頑丈《ぐゎんぢゃう》さうな曲った脚に脚絆《きゃはん》をぐるぐる捲《ま》いてゐる人もあった。
右手の方にきれいな藤《ふぢ》いろの寛衣をつけた若い男が立ってだまって私をさぐるやうに見てゐた。私と瞳《ひとみ》が合ふや俄《にはか》に顔色をゆるがし眉《まゆ》をきっとあげた。そして腰につけてゐた刀の模型のやうなものを今にも抜くやうなそぶりをして見せた。私はつまらないと思った。それからチラッと愛を感じた。すべて敵に遭って却《かへ》ってそれをなつかしむ、これがおれのこの頃《ごろ》の病気だと私はひとりでつぶやいた。そして哂《わら》
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