ムペルは、にぎりこぶしを握りながら、ネリは時々|唾《つば》をのみながら、樺の木の生えたまっ黒な小山を越《こ》えて、二人はおうちに帰ったんだ。ああかあいそうだよ。ほんとうにかあいそうだ。わかったかい。じゃさよなら、私はもうはなせない。じいさんを呼んで来ちゃいけないよ。さよなら。」
 斯《こ》う云ってしまうと蜂雀《はちすずめ》の細い嘴《くちばし》は、また尖《とが》ってじっと閉じてしまい、その眼は向うの四十雀《しじゅうから》をだまって見ていたのです。
 私も大へんかなしくなって
「じゃ蜂雀。さようなら。僕又来るよ。けれどお前が何か云いたかったら云ってお呉《く》れ。さよなら、ありがとうよ。蜂雀、ありがとうよ。」
と云いながら、鞄《かばん》をそっと取りあげて、その茶いろガラスのかけらの中のような室《へや》を、しずかに廊下《ろうか》へ出たのです。そして俄かにあんまりの明るさと、あの兄妹のかあいそうなのとに、眼がチクチクッと痛み、涙《なみだ》がぼろぼろこぼれたのです。
 私のまだまるで小さかったときのことです。



底本:「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年6月15日
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