ょうぶ》狐小学校があるということがわかりますから。ただ呉《く》れ呉《ぐ》れも云って置きますが狐小学校があるといってもそれはみんな私の頭の中にあったと云うので決して偽《うそ》ではないのです。偽でない証拠にはちゃんと私がそれを云っているのです。もしみなさんがこれを聞いてその通り考えれば狐小学校はまたあなたにもあるのです。私は時々|斯《こ》う云う勝手な野原をひとりで勝手にあるきます。けれども斯う云う旅行をするとあとで大へんつかれます。殊《こと》にも算術などが大へん下手になるのです。ですから斯う云う旅行のはなしを聞くことはみなさんにも決して差支《さしつか》えありませんがあんまり度々《たびたび》うっかり出かけることはいけません。
まあお話をつづけましょう。なあにほんとうはあの茨《いばら》やすすきの一杯《いっぱい》生えた野原の中で浜茄などをさがすよりは、初めから狐小学校を参観した方がずうっとよかったのです。朝の一時間目からみていた方が参考にもなり、又《また》面白《おもしろ》かったのです。私のみたのは今も云いました通り、午后《ごご》の授業です。一時から二時までの間の第五時間目です。なかなか狐の小学
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