の時校長さんは、かくしから時計を出して一寸見ました。そこで私は、これはもうだんだん時間がたつから、次の教室を案内しようかと云うのだろうと思って、ちょっとからだを動かして見せました。校長さんはそこですっと室《へや》を出ました。私もついて出ました。
「第二教室、第二年級、担任、武池清二郎」とした黒塗りの板の下がった教室に入りました。先生はさっき運動場であった人でした。生徒も立って一ぺんに礼をしました。
先生はすぐ前からの続きを講義しました。
「そこで、澱粉《でんぷん》と脂肪《しぼう》と蛋白質《たんぱくしつ》と、この成分の大事なことはよくおわかりになったでしょう。
こんどはどんなたべものに、この三つの成分がどんな工合《ぐあい》に入っているか、それを云います。凡《およ》そ、食物の中で、滋養《じよう》に富みそしておいしく、また見掛けも大へん立派なものは鶏《にわとり》です。鶏は実際食物中の王と呼ばれる通りです。今鶏の肉の成分の分析表《ぶんせきひょう》をあげましょう。みなさん帳面へ書いて下さい。
蛋白質は十八ポイント五パアセント、脂肪は九ポイント三パーセント、含水炭素《がんすいたんそ》は一ポイント二パーセントもあるのです。鶏の肉はただこのように滋養に富むばかりでなく消化もたいへんいいのです。殊《こと》に若い鶏の肉ならば、もうほんとうに軟《やわら》かでおいしいことと云ったら、」先生は一寸《ちょっと》唾《つば》をのみました、「とてもお話ではわかりません。食べたことのある方はおわかりでしょう。」
生徒はしばらくしんとしました。校長さんもじっと床《ゆか》を見つめて考えています。先生ははんけちを出して奇麗《きれい》に口のまわりを拭《ふ》いてから又云いました。
「で一般に、この鶏の肉に限らず、鳥の肉には私たちの脳神経を養うに一番大事な燐《りん》がたくさんあるのです。」
こんなことは女学校の家事の本に書いてあることだ、やっぱり仲々程度が高い、ばかにできないと私は思いました。先生は又つづけます。
「その鶏の卵も大へんいいのです。成分は鶏の肉より蛋白質は少し少く、脂肪は少し多いのです。これは病人もよく使います。それから次は油揚《あぶらあげ》です。油揚は昔は大へん供給が充分《じゅうぶん》だったのですけれども、今はどうもそんなじゃありません。それで、実はこれは廃《すた》れた食物であります。成
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