ろぞろ持って行くのでした。さてネネムは、この様な大へんな名誉《めいよ》を得て、そのほかに、みなさんももうご存知でしょうが、フゥフィーボー博士のほかに、誰《たれ》も決して喰べてならない藁のオムレツまで、ネネムは喰べることを許されていました。それですから、誰が考えてもこんな幸福なことがない筈《はず》だったのですが、実はネネムは一向面白くありませんでした。それというのは、あのネネムが八つの飢饉《ききん》の年、お菓子の籠《かご》に入れられて、「おおホイホイ、おおホイホイ。」と云いながらさらって行かれたネネムの妹のマミミのことが、一寸も頭から離れなかった為《ため》です。
 そこでネネムは、ある日、テーブルの上の鈴《リン》をチチンと鳴らして、部下の検事を一人、呼びました。
「一寸君にたずねたいことがあるのだが。」
「何でございますか。」
「膝《ひざ》やかかとの骨の、まだ堅《かた》まらない小さな女の子をつかう商売は、一体どんな商売だろう。」
 検事はしばらく考えてから答えました。
「それはばけもの奇術《きじゅつ》でございましょう。ばけもの奇術師が、よく十二三位までの女の子を、変身術だと申して、ええこんどは犬の形、ええ今度は兎《うさぎ》の形などと、ばけものをしんこ細工のように延ばしたり円めたり、耳を附《つ》けたり又とったり致《いた》すのをよく見受けます。」
「そうか。そして、そんなやつらは一体世界中に何人位あるのかな。」
「左様。一昨年の調べでは、奇術を職業にしますものは、五十九人となって居《お》りますが、只今《ただいま》は大分減ったかと存ぜられます。」
「そうか。どうもそんなしんこ細工のようなことをするというのは、この世界がまだなめくじでできていたころの遺風だ。一寸視察に出よう。事によると禁止をしなければなるまい。」
 そこでネネムは、部下の検事を随《したが》えて、今日もまちへ出ました。そして検事の案内で、まっすぐに奇術大一座のある処に参りました。奇術は今や丁度まっ最中です。
 ネネムは、検事と一緒《いっしょ》に中へはいりました。楽隊が盛《さか》んにやっています。ギラギラする鋼《はがね》の小手だけつけた青と白との二人のばけものが、電気|決闘《けっとう》というものをやっているのでした。剣《けん》がカチャンカチャンと云うたびに、青い火花が、まるで箒《ほうき》のように剣から出て、二人の顔を物凄《ものすご》く照らし、見物のものはみんなはらはらしていました。
「仲々|勇壮《ゆうそう》だね。」とネネムは云いました。
 そのうちにとうとう、一人はバアと音がして肩《かた》から胸から腰《こし》へかけてすっぽりと斬《き》られて、からだがまっ二つに分れ、バランチャンと床《ゆか》に倒《たお》れてしまいました。
 斬った方は肩を怒《いか》らせて、三べん刀を高くふり廻《まわ》し、紫色《むらさきいろ》の烈《はげ》しい火花を揚《あ》げて、楽屋へはいって行きました。
 すると倒れた方のまっ二つになったからだがバタッと又一つになって、見る見る傷口がすっかりくっつき、ゲラゲラゲラッと笑って起きあがりました。そして頭をほんのすこし下げてお辞儀をして、
「まだ傷口がよくくっつきませんから、粗末《そまつ》なおじぎでごめんなさい。」と云いながら、又ゲラゲラゲラッと笑って、これも楽屋へはいって行きました。
 ボロン、ボロン、ボロロン、とどらが鳴りました。一つの白いきれを掛《か》けた卓子《テーブル》と、椅子《いす》とが持ち出されました。眼のまわりをまっ黒に塗《ぬ》った若いばけものが、わざと少し口を尖《とが》らして、テーブルに座《すわ》りました。白い前掛をつけたばけものの給仕が、さしわたし四尺ばかりあるまっ白の皿《さら》を、恭々しく持って来て卓子の上に置きました。
「フォーク!」と椅子にかけた若ばけものがテーブルを叩《たた》きつけてどなりました。
「へい。これはとんだ無調法を致しました。ただ今、すぐ持って参ります。」と云いながら、その給仕は二尺ばかりあるホークを持って参りました。
「ナイフ!」と又若ばけものはテーブルを叩いてどなりました。
「へい。これはとんだ無調法を致しました。ただ今、すぐ持って参ります。」と云いながらその給仕は、幕のうしろにはいって行って、長さ二尺ばかりあるナイフを持って参りました。ところがそのナイフをテーブルの上に置きますと、すぐ刃がくにゃんとまがってしまいました。
「だめだ、こんなもの。」とその椅子にかけたばけものは、ナイフを床に投げつけました。
 ナイフはひらひらと床に落ちて、パッと赤い火に燃えあがって消えてしまいました。
「へい。これは無調法致しました。ただ今のはナイフの広告でございました。本物のいいのを持って参ります。」と云いながら給仕は引っ込《こ》んで行きました。
 するとどうもネネムも検事もだれもかれもみんな愕《おどろ》いてしまったことは、いつの間にか、どうして出て来たのか、すてきに大きな青いばけものがテーブルに置かれた皿の上に、あぐらをかいて、椅子に座った若ばけものを見おろしてすまし込んでいるのでした。青いばけものは、しずかにみんなの方を向きました。眼のまわりがまっ赤です。俄《にわか》に見物がどっと叫《さけ》びました。
「テン・テンテンテン・テジマア! うまいぞ。」
「ほう、素敵《すてき》だぞ。テジマア!」
 テジマアと呼ばれた皿の上の大きなばけものは、顔をしずかに又廻して、椅子に座ったわかばけものの方を向きました。そして二人はまるで二匹の獅子《しし》のように、じっとにらみ合いました。見物はもうみんな総立ちです。
「テジマア! 負けるな。しっかりやれ。」
「しっかりやれ。テジマア! 負けると食われるぞ。」こんなような大さわぎのあとで、こんどはひっそりとなりました。そのうちに椅子に座った若ばけものは眼《め》が痛くなったらしく、とうとうまばたきを一つやりました。皿の上のテジマアはじりじりと顔をそっちへ寄せて行きます。若ばけものは又五つばかりつづけてまばたきをして、とうとうたまらなくなったと見えて、両手で眼を覆《おお》いました。皿の上のテジマアは落ちついてにゅうと顔を差し出しました。若ばけものは、がたりと椅子から落ちました。テジマアはすっくりと皿の上に立ちあがって、それからひらりと皿をはね下りて、自分が椅子にどっかり座りそれから床の上に倒れている若ばけものを、雑作もなく皿の上につまみ上げました。
 その時給仕が、たしかに金《かね》でできたらしいナイフを持って来て、テーブルの上に置きました。テジマアは一寸《ちょっと》うなずいて、ポッケットから財布《さいふ》を出し、半紙判の紙幣《しへい》を一枚引っぱり出して給仕にそれを握《にぎ》らせました。
「今度の旦那《だんな》は気前が実にいいなあ。」とつぶやきながら、ばけもの給仕は幕の中にはいって行きました。そこでテジマアは、ナイフをとり上げて皿の上のばけものを、もにゃもにゃもにゃっと切って、ホークに刺《さ》して、むにゃむにゃむにゃっと喰《く》ってしまいました。
 その時「バア」と声がして、その食われた筈の若ばけものが、床の下から躍《おど》りだしました。
「君よくたっしゃで居て呉《く》れたね。」と云いながら、テジマアはそのわかばけものの手を取って、五六ぺんぶらぶら振《ふ》りました。
「テジマア、テジマア!」
「うまいぞ、テジマア!」みんなはどっとはやしました。
 舞台《ぶたい》の上の二人は、手を握ったまま、ふいっとおじぎをして、それから、
「バラコック、バララゲ、ボラン、ボラン、ボラン」と変な歌を高く歌いながら、幕の中に引っ込んで行きました。
 ボロン、ボロン、ボロロンと、どらが又鳴りました。
 舞台が月光のようにさっと青くなりました。それからだんだんのんびりしたいかにも春らしい桃色に変りました。
 まっ黒な着物を着たばけものが右左から十人ばかり大きなシャベルを持ったりきらきらするフォークをかついだりして出て来て
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「おキレの角《つの》はカンカンカン
 ばけもの麦はベランべランベラン
 ひばり、チッチクチッチクチー
 フォークのひかりはサンサンサン。」
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とばけもの世界の農業の歌を歌いながら畑を耕したり種子を蒔《ま》いたりするようなまねをはじめました。たちまち床からベランベランベランと大きな緑色のばけもの麦の木が生え出して見る間に立派な茶色の穂《ほ》を出し小さな白い花をつけました。舞台は燃えるように赤く光りました。
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「おキレの角はケンケンケン
 ばけもの麦はザランザララ
 とんびトーロロトーロロトー、
 鎌《かま》のひかりは シンシンシン。」
[#ここで字下げ終わり]
とみんなは足踏《あしぶ》みをして歌いました。たちまち穂は立派な実になって頭をずうっと垂れました。黒いきもののばけものどもはいつの間にか大きな鎌を持っていてそれをサクサク刈《か》りはじめました。歌いながら踊《おど》りながら刈りました。見る見る麦の束《たば》は山のように舞台のまん中に積みあげられました。
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「おキレの角はクンクンクン
 ばけもの麦はザック、ザック、ザ、
 からすカーララ、カーララ、カー、
 唐箕《とうみ》のうなりはフウララフウ。」
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 みんなはいつの間にか棒を持っていました。そして麦束はポンポン叩かれたと思うと、もうみんな粒《つぶ》が落ちていました。麦稈《むぎから》[#「麦稈《むぎから》」に傍線]は青いほのおをあげてめらめらと燃え、あとには黄色な麦粒の小山が残りました。みんなはいつの間にかそれを摺臼《すりうす》にかけていました。大きな唐箕がもう据《す》えつけられてフウフウフウと廻っていました。
 舞台が俄かにすきとおるような黄金《きん》色になりました。立派なひまわりの花がうしろの方にぞろりとならんで光っています。それから青や紺や黄やいろいろの色硝子《いろガラス》でこしらえた羽虫が波になったり渦巻《うずまき》になったりきらきらきらきら飛びめぐりました。
 うしろのまっ黒なびろうどの幕が両方にさっと開いて顔の紺色な髪《かみ》の火のようなきれいな女の子がまっ白なひらひらしたきものに宝石を一杯《いっぱい》につけてまるで青や黄色のほのおのように踊って飛び出しました。見物はもうみんなきちがい鯨《くじら》のような声で
「ケテン! ケテン!」とどなりました。
 女の子は笑ってうなずいてみんなに挨拶《あいさつ》を返しながら舞台の前の方へ出て来ました。
 黒いばけものはみんなで麦の粒をつかみました。
 女の子も五六つぶそれをつまんでみんなの方に投げました。それが落ちて来たときはみんなまっ白な真珠《しんじゅ》に変っていました。
「さあ、投げ。」と云いながら十人の黒いばけものがみな真似《まね》をして投げました。バラバラバラバラ真珠の雨は見物の頭に落ちて来ました。
 女の子は笑って何かかすかに呪《まじな》いのような歌をやりながらみんなを指図しています。
 ペンネンネンネンネン・ネネムはその女の子の顔をじっと見ました。たしかにたしかにそれこそは妹のペンネンネンネンネン・マミミだったのです。ネネムはとうとう堪《こら》え兼ねて高く叫びました。
「マミミ。マミミ。おれだよ。ネネムだよ。」
 女の子はぎょっとしたようにネネムの方を見ました。それから何か叫んだようでしたが声がかすれてこっちまで届きませんでした。ネネムは又叫びました。
「おれだ。ネネムだ。」
 マミミはまるで頭から足から火がついたようにはねあがって舞台から飛び下りようとしましたら、黒い助手のばけものどもが麦をなげるのをやめてばらばら走って来てしっかりと押《おさ》えました。
「マミミ。おれだ。ネネムだよ。」ネネムは舞台へはねあがりました。
 幕のうしろからさっきのテジマアが黄色なゆるいガウンのようなものを着ていかにも落ち着いて出て参りました。
「さわがしいな。どうしたんだ。はてな。このお方はどう
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