。その方は自分の顔やかたちのいやなことをいいことにして、一つ一銭のマッチを十円ずつに家ごと押しつけてあるく。悪いやつだ。監獄《かんごく》に連れて行くからそう思え。」
 するとそのいやなものは泣き出しました。
「巡査さん。それはひどいよ。僕《ぼく》はいくらお金を貰《もら》ったって自分で一銭もとりはしないんだ。みんな親方がしまってしまうんだよ。許してお呉れ。許してお呉れ。」
 ネネムが云いました。
「そうか。するとお前は毎日ただ引っぱり廻《まわ》されて稼《かせ》がせられる丈《だ》けだな。」
「そうだよ、そうだよ。僕を太夫《たいふ》さんだなんて云いながら、ひどい目にばかりあわすんだよ。ご飯さえ碌《ろく》に呉れないんだよ。早く親方をつかまえてお呉れ。早く、早く。」今度はそのいやなものが俄《にわ》かに元気を出しました。
 そこで
「あの車のとこに居るものを引っくくれ。」とネネムが云いました。丁度出て来た巡査が三人ばかり飛んで行って、車にポカンと腰掛けて居た黒い硬いばけものを、くるくるくるっと縛《しば》ってしまいました。ネネムはいやなものと一緒《いっしょ》にそっちへ行きました。
「こら。きさまはこんなかたわなあわれなものをだしにして、一銭のマッチを十円ずつに売っている。さあ監獄へ連れて行くぞ。」
 親方が泣き出しそうになって口早に云いました。
「お役人さん。そいつぁあんまり無理ですぜ。わしぁ一日|一杯《いっぱい》あるいてますがやっと喰《く》うだけしか貰わないんです。あとはみんな親方がとってしまうんです。」
「ふん、そうか。その親方はどこに居るんだ。」
「あすこに居ます。」
「どれだ。」
「あのまがり角でそらを向いてあくびをしている人です。」
「よし。あいつをしばれ。」まがり角の男は、しばられてびっくりして、口をパクパクやりました。ネネムは二人を連れてそっちへ歩いて行って云いました。
「こらきさまは悪いやつだ。何も文句を云《い》うことはない。監獄にはいれ。」
「これはひどい。一体どうしたのです。ははあ、フクジロもタンイチもしばられたな。その事ならなあに私はただこうやって監督《かんとく》に云いつかって車を見ている丈《だけ》でございます。私は日給三十銭の外に一銭だって貰やしません。」
「ふん。どうも実にいやな事件だ。よし、お前の監督はどこに居るか、云え。」
「向うの電信柱の下で立ったまま居睡《いねむ》りをしているあの人です。」
「そうか。よろしい。向うの電信ばしらの下のやつを縛《しば》れ。」巡査や検事がすぐ飛んで行こうとしました。その時ネネムは、ふともっと向うを見ますと、大抵《たいてい》五間|隔《お》きぐらいに、あくびをしたりうでぐみをしたり、ぼんやり立っているものがまだまだたくさん続いています。そこでネネムが云いました。
「一寸《ちょっと》待て。まだ向うにも監督が沢山居るようだ。よろしい。順ぐりにみんなしばって来い。一番おしまいのやつを逃がすなよ。さあ行け。」
 十人ばかりの検事と十人ばかりの巡査がふうとけむりのように向うへ走って行きました。見る見る監督どもが、みんなペタペタしばられて十五分もたたないうちに三十人というばけものが一列にずうっとつづいてひっぱられて来ました。
「一番おしまいのやつはこいつか。」とネネムが緑色の大へんハイカラなばけものをゆびさしました。
「そうです。」みんなは声をそろえて云います。
「よろしい。こら。その方は、あんなあわれなかたわを使って一銭のマッチを十円に売っているとは一体どう云うわけだ。それに三十二人も人を使って、あくまで自分の悪いことをかくそうとは実にけしからん。さあどうだ。」
 ところが緑色のハイカラなばけものは口を尖《とが》らして、一向恐れ入りません。
「これはけしからん。私はそんなことをした覚えはない。私は百二十年前にこの方に九円だけ貸しがあるので今はもう五千何円になっている。わしはこの方のあとをつけて歩いて毎日、日《にっ》プで三十円ずつとる商売なんだ。」と云いながら自分の前のまっ赤なハイカラなばけものを指さしました。
 するとその赤色のハイカラが云いました。
「その通りだ。私はこの人に毎日三十円ずつ払《はら》う。払っても払っても元金は殖《ふ》えるばかりだ。それはとにかく私は又この前のお方に百四十年前に非常な貸しがあるのでそれをもとでに毎日この人について歩いて実は五十円ずつとっているのだ。マッチの罪とかなんとか一向私はしらない。」と云いながら自分の前の青い色のハイカラなばけものを指さしました。すると青いのが云いました。
「その通りだ。わしは毎日五十円ずつ払う。そしてわしはこの前のお方に二百年前かなりの貸しがあるのでそれをもとでに毎日ついて歩いて百円ずつとるだけなのだ。」
 指されたその前の黄色なハイカラが云いました。
「そうだ。その通りだ。そしてわしはこの前のお方に昔すてきなかしがあるので、毎日ついて歩いて三百円ずつとるのだ。」
「ふうん。大分わかって来たぞ。あとはもう貸した年と今とる金だかだけを云え。」とネネムが申しました。
「二百五十年五百円」「三百年、千円」「三百一年、千七円」「三百二年、千八円」「三百三年、千九円」「三百四年、千十円。」
 ネネムはすばやく勘定しました。
「もうわかった。第三十番。電信柱の下の立ちねむり。おまえは千三十円とっているだろう。」
「全くさようでございます。ご明察恐れ入ります。」
 その時さっきの角のところに立って、あくびをしていた監督が云いました。
「どうです。そうでしょう。私は毎日千三十円三十銭だけとって、千三十円だけこの人に納めるのです。」
 ネネムが云いました。
「そうか。すると一体|誰《たれ》がフクジロを使って歩かせているのだ。」
「私にはわかりません。私にはわかりません。」とみんなが一度に云いました。そこでネネムも一寸|困《こま》りましたがしばらくたってから申しました。
「よし。そんならフクジロのマッチを売っていることを知っているものは手をあげ。」
 硬い黒いタンイチはじめ順ぐりに十人だけ手をあげました。
「よろしい。すると十人目の貴さまが一番悪い。監獄にはいれ。」
「いいえ。どういたしまして。私はただフクジロのマッチを売っていることを遠くから見ているだけでございます。それを十円に売るなんて、めっそうな、私は一向に存じません。」
「どうもこれはずいぶん不愉快《ふゆかい》な事件だね。よろしい。そんならフクジロがマッチを十円で売るということを知っているものは手をあげ。」
 硬い黒いタンイチからただ三人でした。
「するとお前だ。監獄にはいれ。」とネネムが云いました。
「それはさっきも申しあげました。私はただ命令で見ていただけです。」
「するとお前は十円に売ることは知っている、けれどもただ云いつかっているだけだというのだな、それから次のお前は云いつけてはいる。けれども十円に売れなんて云ったおぼえもなし又十円に売っているとも思わない、ただまあ、フクジロがよちよち家を出たりはいったりして、それでよくこんなにもうかるもんだと思っていたと、こうだろう。」
「全くご名察の通り。」と二人が一緒に云いました。
「よろしい。もうわかった。お前がたに云い渡《わた》す。これは順ぐりに悪いことがたまって来ているのだ。百年も二百年もの前に貸した金の利息を、そんなハイカラななりをして、毎日ついてあるいてとるということは、けしからん。殊《こと》にそれが三十人も続いているというのは実にいけないことだ。おまえたちはあくびをしたりいねむりをしたりしながら毎日を暮《くら》して食事の時間だけすぐ近くの料理屋にはいる、それから急いで出て来て前の者がまだあまり遠くへ行っていないのを見てやっと安心するなんという実にどうも不届きだ。それからおれがもうけるんじゃないと云うので、悪いことをぐんぐんやるのもあまりよくない。だからみんな悪い。みんなを罪にしなければならない。けれどもそれではあんまりかあいそうだから、どうだ、みんな一ぺんに今の仕事をやめてしまえ。そこでフクジロはおれがどこかの玩具《おもちゃ》の工場の小さな室《へや》で、ただ一人仕事をして、時々お菓子《かし》でもたべられるようにしてやろう。あとのものはみんな頑丈《がんじょう》そうだから自分で勝手に仕事をさがせ。もしどうしても自分でさがせなかったらおれの所に相談に来い。」
「かしこまりました。ありがとうございます。」みんなはフクジロをのこして赤山のような人をわけてちりぢりに逃《に》げてしまいました。そこでネネムは一人の検事をつけてフクジロを張子《はりこ》の虎《とら》をこさえる工場へ送りました。
 見物人はよろこんで、
「えらい裁判長だ。えらい裁判長だ。」とときの声をあげました。そこでネネムは又《また》巡視《じゅんし》をはじめました。
 それから少し行きますと通りの右側に大きな泥《どろ》でかためた家があって世界警察長|官邸《かんてい》と看板が出て居りました。
「一寸はいって見よう。」と云いながらネネムは玄関《げんかん》に立ちました。その家中が俄《にわ》かにザワザワしてそれから警察長がさきに立って案内しました。一通り中の設備を見てからネネムは警察長と向い合って一つのテーブルに座りました。警察長は新聞のくらいある名刺《めいし》を出してひろげてネネムに恭々《うやうや》しくよこしました。見ると、
 ケンケンケンケンケンケン・クエク警察長
と書いてあります。ネネムは
「はてな、クエクと、どうも聞いたような名だ。一寸突然ですがあなたはこの近在の農家のご出身ですか。」と云いました。
 すると警察長はびっくりしたらしく、
「全くご明察の通りです。」と答えました。
「それではあなたは無断で家から逃げておいでになりましたね。お母さんが大へん泣いておいでですよ。」とネネムが云いました。
「いや、全く。実は昨晩も電報を打ちましたようなわけで、実はその、逃げたというわけでもありません。丁度一昨昨日の朝、一寸した用事で家から大学校の小使室まで参りましたのですが、ついそのフゥフィーボー博士の講義につり込まれまして昨日まで三日というもの、聴《き》いたり落第したり、考えたりいたしました。昨晩やっと及第《きゅうだい》いたしましてこちらに赴任《ふにん》いたしました。」
「ハッハッハ。そうですか。それは結構でした。もう電報をおかけでしたか。」
「はい。」
 そこでネネムも全く感服してそれから警察長の家を出てそれから又グルグルグルグル巡視をして、おひるごろ、ばけもの世界裁判長の官邸に帰りました。おひるのごちそうは藁《わら》のオムレツでした。

   四、ペンネンネンネンネン・ネネムの安心

 ばけもの世界裁判長、ペンネンネンネンネン・ネネムの評判は、今はもう非常なものになりました。この世界が、はじめ一|疋《ぴき》のみじんこから、だんだん枝《えだ》がついたり、足が出来たりして発達しはじめて以来、こんな名判官は実にはじめてだとみんなが申しました。
 シャァロンというばけものの高利貸でさえ、ああ実にペンネンネンネンネン・ネネムさまは名判官だ、ダニーさまの再来だ、いやダニーさまの発達だとほめた位です。
 ばけもの世界長からは、毎日一つずつ位をつけて来ましたし、勲章《くんしょう》を贈《おく》ってよこしましたので、今はその位を読みあげるだけに二時間かかり、勲章はネネムの室《へや》の壁《かべ》一杯になりました。それですから、何かの儀式《ぎしき》でネネムが式辞を読んだりするときは、その位を読むのがつらいので、それをあらかじめ三十に分けて置いて、三十人の部下に一ぺんにがやがやと読み上げて貰《もら》うようにしていましたが、それでさえやはり四分はかかりました。勲章だってその通りです。どうしてネネムの胸につけ切れるもんではありませんでしたから、ネネムの大礼服の上着は、胸の処《ところ》から長さ十|米《メートル》ばかりの切れがずうと続いて、それに勲章をぞろっとつけて、その帯のようなものを、三十人の部下の人たちがぞ
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