に落ちました。
「ちかごろは噴火《ふんか》もありませんし、地震《じしん》もありませんし、どうも空は青い一方ですな。」
 判事たちの中で一番位の高いまっ赤な、ばけものが云いました。
「そうだね全くそうだ。しかし昨日サンムトリが大分鳴ったそうじゃないか。」
「ええ新報に出て居りました。サンムトリというのはあれですか。」
 二番目にえらい判事が向うの青く光る三角な山を指しました。
「うん。そうさ。僕《ぼく》の計算によると、どうしても近いうちに噴《ふ》き出さないといかんのだがな。何せ、サンムトリの底の瓦斯《ガス》の圧力が九十億気圧以上になってるんだ。それにサンムトリの一番弱い所は、八十億気圧にしか耐《た》えない筈《はず》なんだ。それに噴火をやらんというのはおかしいじゃないか。僕の計算にまちがいがあるとはどうもそう思えんね。」
「ええ。」
 上席判事やみんなが一緒《いっしょ》にうなずきました。その時向うのサンムトリの青い光がぐらぐらっとゆれました。それからよこの方へ少しまがったように見えましたが、忽《たちま》ち山が水瓜《すいか》を割ったようにまっ二つに開き、黄色や褐色《かっしょく》の煙《けむり》がぷうっと高く高く噴きあげました。
 それから黄金《きん》色の熔岩《ようがん》がきらきらきらと流れ出して見る間にずっと扇形《おうぎがた》にひろがりました。見ていたものは
「ああやったやった。」
とそっちに手を延して高く叫びました。
「やったやった。とうとう噴いた。」
とペンネンネンネンネン・ネネムはけだかい紺青《こんじょう》色にかがやいてしずかに云いました。
 その時はじめて地面がぐらぐらぐら、波のようにゆれ
「ガーン、ドロドロドロドロドロ、ノンノンノンノン。」と耳もやぶれるばかりの音がやって来ました。それから風がどうっと吹《ふ》いて行って忽ちサンムトリの煙は向うの方へ曲り空はますます青くクラレの花はさんさんとかがやきました。上席判事が云いました。
「裁判長はどうも実に偉い。今や地殻《ちかく》までが裁判長の神聖な裁断に服するのだ。」
 二番目の判事が云いました。
「実にペンネンネンネンネン・ネネム裁判長は超怪《ちょうかい》である。私はニイチャの哲学が恐《おそ》らくは裁判長から暗示を受けているものであることを主張する。」
 みんなが一度に叫《さけ》びました。
「ブラボオ、ネネム裁判長。ブラボオ、ネネム裁判長。」
 ネネムはしずかに笑って居りました。その得意な顔はまるで青空よりもかがやき、上等の瑠璃《るり》よりも冴《さ》えました。そればかりでなく、みんなのブラボオの声は高く天地にひびき、地殻がノンノンノンノンとゆれ、やがてその波がサンムトリに届いたころ、サンムトリがその影響《えいきょう》を受けて火柱高く第二の爆発《ばくはつ》をやりました。
「ガーン、ドロドロドロドロ、ノンノンノンノン。」
 それから風がどうっと吹いて行って、火山弾や熱い灰やすべてあぶないものがこの立派なネネムの方に落ちて来ないように山の向うの方へ追い払《はら》ったのでした。ネネムはこの時は正によろこびの絶頂でした。とうとう立ちあがって高く歌いました。
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「おれは昔は森の中の昆布《こんぶ》取り、
 その昆布|網《あみ》が空にひろがったとき
 風の中のふかやさめがつきあたり
 おれの手がぐらぐらとゆれたのだ。

 おれはフウフィーヴオ博士の弟子《でし》
 博士はおれの出した筆記帳を
 あくびと一しょにスポリと呑《の》みこんだ。
 それから博士は窓から飛んで出た。

 おれはむかし奇術師のテジマアに
 おれの妹をさらわれていた。
 その奇術師のテジマアのところで
 おれの妹はスタアになっていた。

 いまではおれは勲章《くんしょう》が百ダアス
 藁《わら》のオムレツももうたべあきた。
 おれの裁断には地殻も服する
 サンムトリさえ西瓜《すいか》のように割れたのだ。」
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 さあ三十人の部下の判事と検事はすっかりつり込まれて一緒に立ち上がって、
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「ブラボオ、ペンネンネンネンネン・ネネム
 ブラボオ、ペンペンペンペンペン・ペネム。」
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 と叫びながら踊りはじめました。
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「フィーガロ、フィガロト、フィガロット。」
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 クラレの花がきらきら光り、クラレの茎《くき》がパチンパチンと折れ、みんなの影法師はまるで戦のように乱れて動きました。向うではサンムトリが第三回の爆発をやっています。
「ガアン、ドロドロドロドロ、ノンノンノンノン。」
 黄金《きん》の熔岩《ようがん》、まっ黒なけむり。
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「フィーガロ、フィガロト、フィガロット。
 ペンネン
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