りました。みんなはいつの間にかそれを摺臼《すりうす》にかけていました。大きな唐箕がもう据《す》えつけられてフウフウフウと廻っていました。
舞台が俄かにすきとおるような黄金《きん》色になりました。立派なひまわりの花がうしろの方にぞろりとならんで光っています。それから青や紺や黄やいろいろの色硝子《いろガラス》でこしらえた羽虫が波になったり渦巻《うずまき》になったりきらきらきらきら飛びめぐりました。
うしろのまっ黒なびろうどの幕が両方にさっと開いて顔の紺色な髪《かみ》の火のようなきれいな女の子がまっ白なひらひらしたきものに宝石を一杯《いっぱい》につけてまるで青や黄色のほのおのように踊って飛び出しました。見物はもうみんなきちがい鯨《くじら》のような声で
「ケテン! ケテン!」とどなりました。
女の子は笑ってうなずいてみんなに挨拶《あいさつ》を返しながら舞台の前の方へ出て来ました。
黒いばけものはみんなで麦の粒をつかみました。
女の子も五六つぶそれをつまんでみんなの方に投げました。それが落ちて来たときはみんなまっ白な真珠《しんじゅ》に変っていました。
「さあ、投げ。」と云いながら十人の黒いばけものがみな真似《まね》をして投げました。バラバラバラバラ真珠の雨は見物の頭に落ちて来ました。
女の子は笑って何かかすかに呪《まじな》いのような歌をやりながらみんなを指図しています。
ペンネンネンネンネン・ネネムはその女の子の顔をじっと見ました。たしかにたしかにそれこそは妹のペンネンネンネンネン・マミミだったのです。ネネムはとうとう堪《こら》え兼ねて高く叫びました。
「マミミ。マミミ。おれだよ。ネネムだよ。」
女の子はぎょっとしたようにネネムの方を見ました。それから何か叫んだようでしたが声がかすれてこっちまで届きませんでした。ネネムは又叫びました。
「おれだ。ネネムだ。」
マミミはまるで頭から足から火がついたようにはねあがって舞台から飛び下りようとしましたら、黒い助手のばけものどもが麦をなげるのをやめてばらばら走って来てしっかりと押《おさ》えました。
「マミミ。おれだ。ネネムだよ。」ネネムは舞台へはねあがりました。
幕のうしろからさっきのテジマアが黄色なゆるいガウンのようなものを着ていかにも落ち着いて出て参りました。
「さわがしいな。どうしたんだ。はてな。このお方はどうして舞台へおあがりになったのかな。」
ネネムはその顔をじっと見ました。それこそはあの飢饉《ききん》の年マミミをさらった黒い男でした。
「黙《だま》れ。忘れたか。おれはあの飢饉の年の森の中の子供だぞ。そしておれは今は世界裁判長だぞ。」
「それは大へんよろしい。それだからわしもあの時男の子は強いし大丈夫《だいじょうぶ》だと云ったのだ。女の子の方は見ろ。この位立派になっている。もうスタアと云うものになってるぞ。お前も裁判長ならよく裁判して礼をよこせ。」
「しかしお前は何故《なぜ》しんこ細工を興業するか。」
「いや。いやいややや。それは実に野蛮《やばん》の遺風だな。この世界がまだなめくじでできていたころの遺風だ。」
「するとお前の処《ところ》じゃしんこ細工の興業はやらんな。」
「勿論《もちろん》さ。おれのとこのはみんな美学にかなっている。」
「いや。お前は偉《えら》い。それではマミミを返して呉れ。」
「いいとも。連れて行きなさい。けれども本人が望みならまた寄越《よこ》して呉れ。」
「うん。」
どうです。とうとうこんな変なことになりました。これというのもテジマアのばけもの格[#「ばけもの格」に傍線]が高いからです。
とにかくそこでペンネンネンネンネン・ネネムはすっかり安心しました。
五、ペンネンネンネンネン・ネネムの出現
ペンネンネンネンネン・ネネムは独立もしましたし、立身もしましたし、巡視《じゅんし》もしましたし、すっかり安心もしましたから、だんだんからだも肥《ふと》り声も大へん重くなりました。
大抵の裁判はネネムが出て行って、どしりと椅子《いす》にすわって物を云おうと一寸|唇《くちびる》をうごかしますと、もうちゃんときまってしまうのでした。
さて、ある日曜日、ペンネンネンネンネン・ネネムは三十人の部下をつれて、銀色の袍《ほう》をひるがえしながら丘へ行きました。
クラレという百合《ゆり》のような花が、まっ白にまぶしく光って、丘にもはざまにもいちめん咲いて居りました。ネネムは草に座って、つくづくとまっ青な空を見あげました。
部下の判事や検事たちが、その両側からぐるっと環《わ》になってならびました。
「どうだい。いい天気じゃないか。
ここへ来て見るとわれわれの世界もずいぶんしずかだね。」ネネムが云いました。
みんなの影法師《かげぼうし》が草にまっ黒
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