た。
するとどうもネネムも検事もだれもかれもみんな愕《おどろ》いてしまったことは、いつの間にか、どうして出て来たのか、すてきに大きな青いばけものがテーブルに置かれた皿の上に、あぐらをかいて、椅子に座った若ばけものを見おろしてすまし込んでいるのでした。青いばけものは、しずかにみんなの方を向きました。眼のまわりがまっ赤です。俄《にわか》に見物がどっと叫《さけ》びました。
「テン・テンテンテン・テジマア! うまいぞ。」
「ほう、素敵《すてき》だぞ。テジマア!」
テジマアと呼ばれた皿の上の大きなばけものは、顔をしずかに又廻して、椅子に座ったわかばけものの方を向きました。そして二人はまるで二匹の獅子《しし》のように、じっとにらみ合いました。見物はもうみんな総立ちです。
「テジマア! 負けるな。しっかりやれ。」
「しっかりやれ。テジマア! 負けると食われるぞ。」こんなような大さわぎのあとで、こんどはひっそりとなりました。そのうちに椅子に座った若ばけものは眼《め》が痛くなったらしく、とうとうまばたきを一つやりました。皿の上のテジマアはじりじりと顔をそっちへ寄せて行きます。若ばけものは又五つばかりつづけてまばたきをして、とうとうたまらなくなったと見えて、両手で眼を覆《おお》いました。皿の上のテジマアは落ちついてにゅうと顔を差し出しました。若ばけものは、がたりと椅子から落ちました。テジマアはすっくりと皿の上に立ちあがって、それからひらりと皿をはね下りて、自分が椅子にどっかり座りそれから床の上に倒れている若ばけものを、雑作もなく皿の上につまみ上げました。
その時給仕が、たしかに金《かね》でできたらしいナイフを持って来て、テーブルの上に置きました。テジマアは一寸《ちょっと》うなずいて、ポッケットから財布《さいふ》を出し、半紙判の紙幣《しへい》を一枚引っぱり出して給仕にそれを握《にぎ》らせました。
「今度の旦那《だんな》は気前が実にいいなあ。」とつぶやきながら、ばけもの給仕は幕の中にはいって行きました。そこでテジマアは、ナイフをとり上げて皿の上のばけものを、もにゃもにゃもにゃっと切って、ホークに刺《さ》して、むにゃむにゃむにゃっと喰《く》ってしまいました。
その時「バア」と声がして、その食われた筈の若ばけものが、床の下から躍《おど》りだしました。
「君よくたっしゃで居て呉《く》れたね。」と云いながら、テジマアはそのわかばけものの手を取って、五六ぺんぶらぶら振《ふ》りました。
「テジマア、テジマア!」
「うまいぞ、テジマア!」みんなはどっとはやしました。
舞台《ぶたい》の上の二人は、手を握ったまま、ふいっとおじぎをして、それから、
「バラコック、バララゲ、ボラン、ボラン、ボラン」と変な歌を高く歌いながら、幕の中に引っ込んで行きました。
ボロン、ボロン、ボロロンと、どらが又鳴りました。
舞台が月光のようにさっと青くなりました。それからだんだんのんびりしたいかにも春らしい桃色に変りました。
まっ黒な着物を着たばけものが右左から十人ばかり大きなシャベルを持ったりきらきらするフォークをかついだりして出て来て
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「おキレの角《つの》はカンカンカン
ばけもの麦はベランべランベラン
ひばり、チッチクチッチクチー
フォークのひかりはサンサンサン。」
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とばけもの世界の農業の歌を歌いながら畑を耕したり種子を蒔《ま》いたりするようなまねをはじめました。たちまち床からベランベランベランと大きな緑色のばけもの麦の木が生え出して見る間に立派な茶色の穂《ほ》を出し小さな白い花をつけました。舞台は燃えるように赤く光りました。
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「おキレの角はケンケンケン
ばけもの麦はザランザララ
とんびトーロロトーロロトー、
鎌《かま》のひかりは シンシンシン。」
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とみんなは足踏《あしぶ》みをして歌いました。たちまち穂は立派な実になって頭をずうっと垂れました。黒いきもののばけものどもはいつの間にか大きな鎌を持っていてそれをサクサク刈《か》りはじめました。歌いながら踊《おど》りながら刈りました。見る見る麦の束《たば》は山のように舞台のまん中に積みあげられました。
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「おキレの角はクンクンクン
ばけもの麦はザック、ザック、ザ、
からすカーララ、カーララ、カー、
唐箕《とうみ》のうなりはフウララフウ。」
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みんなはいつの間にか棒を持っていました。そして麦束はポンポン叩かれたと思うと、もうみんな粒《つぶ》が落ちていました。麦稈《むぎから》[#「麦稈《むぎから》」に傍線]は青いほのおをあげてめらめらと燃え、あとには黄色な麦粒の小山が残
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