まま居睡《いねむ》りをしているあの人です。」
「そうか。よろしい。向うの電信ばしらの下のやつを縛《しば》れ。」巡査や検事がすぐ飛んで行こうとしました。その時ネネムは、ふともっと向うを見ますと、大抵《たいてい》五間|隔《お》きぐらいに、あくびをしたりうでぐみをしたり、ぼんやり立っているものがまだまだたくさん続いています。そこでネネムが云いました。
「一寸《ちょっと》待て。まだ向うにも監督が沢山居るようだ。よろしい。順ぐりにみんなしばって来い。一番おしまいのやつを逃がすなよ。さあ行け。」
十人ばかりの検事と十人ばかりの巡査がふうとけむりのように向うへ走って行きました。見る見る監督どもが、みんなペタペタしばられて十五分もたたないうちに三十人というばけものが一列にずうっとつづいてひっぱられて来ました。
「一番おしまいのやつはこいつか。」とネネムが緑色の大へんハイカラなばけものをゆびさしました。
「そうです。」みんなは声をそろえて云います。
「よろしい。こら。その方は、あんなあわれなかたわを使って一銭のマッチを十円に売っているとは一体どう云うわけだ。それに三十二人も人を使って、あくまで自分の悪いことをかくそうとは実にけしからん。さあどうだ。」
ところが緑色のハイカラなばけものは口を尖《とが》らして、一向恐れ入りません。
「これはけしからん。私はそんなことをした覚えはない。私は百二十年前にこの方に九円だけ貸しがあるので今はもう五千何円になっている。わしはこの方のあとをつけて歩いて毎日、日《にっ》プで三十円ずつとる商売なんだ。」と云いながら自分の前のまっ赤なハイカラなばけものを指さしました。
するとその赤色のハイカラが云いました。
「その通りだ。私はこの人に毎日三十円ずつ払《はら》う。払っても払っても元金は殖《ふ》えるばかりだ。それはとにかく私は又この前のお方に百四十年前に非常な貸しがあるのでそれをもとでに毎日この人について歩いて実は五十円ずつとっているのだ。マッチの罪とかなんとか一向私はしらない。」と云いながら自分の前の青い色のハイカラなばけものを指さしました。すると青いのが云いました。
「その通りだ。わしは毎日五十円ずつ払う。そしてわしはこの前のお方に二百年前かなりの貸しがあるのでそれをもとでに毎日ついて歩いて百円ずつとるだけなのだ。」
指されたその前の黄色なハイカラが云いました。
「そうだ。その通りだ。そしてわしはこの前のお方に昔すてきなかしがあるので、毎日ついて歩いて三百円ずつとるのだ。」
「ふうん。大分わかって来たぞ。あとはもう貸した年と今とる金だかだけを云え。」とネネムが申しました。
「二百五十年五百円」「三百年、千円」「三百一年、千七円」「三百二年、千八円」「三百三年、千九円」「三百四年、千十円。」
ネネムはすばやく勘定しました。
「もうわかった。第三十番。電信柱の下の立ちねむり。おまえは千三十円とっているだろう。」
「全くさようでございます。ご明察恐れ入ります。」
その時さっきの角のところに立って、あくびをしていた監督が云いました。
「どうです。そうでしょう。私は毎日千三十円三十銭だけとって、千三十円だけこの人に納めるのです。」
ネネムが云いました。
「そうか。すると一体|誰《たれ》がフクジロを使って歩かせているのだ。」
「私にはわかりません。私にはわかりません。」とみんなが一度に云いました。そこでネネムも一寸|困《こま》りましたがしばらくたってから申しました。
「よし。そんならフクジロのマッチを売っていることを知っているものは手をあげ。」
硬い黒いタンイチはじめ順ぐりに十人だけ手をあげました。
「よろしい。すると十人目の貴さまが一番悪い。監獄にはいれ。」
「いいえ。どういたしまして。私はただフクジロのマッチを売っていることを遠くから見ているだけでございます。それを十円に売るなんて、めっそうな、私は一向に存じません。」
「どうもこれはずいぶん不愉快《ふゆかい》な事件だね。よろしい。そんならフクジロがマッチを十円で売るということを知っているものは手をあげ。」
硬い黒いタンイチからただ三人でした。
「するとお前だ。監獄にはいれ。」とネネムが云いました。
「それはさっきも申しあげました。私はただ命令で見ていただけです。」
「するとお前は十円に売ることは知っている、けれどもただ云いつかっているだけだというのだな、それから次のお前は云いつけてはいる。けれども十円に売れなんて云ったおぼえもなし又十円に売っているとも思わない、ただまあ、フクジロがよちよち家を出たりはいったりして、それでよくこんなにもうかるもんだと思っていたと、こうだろう。」
「全くご名察の通り。」と二人が一緒に云いました。
「よろしい。もうわかった。お前
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