へえ、そうですか、やめましょう。永々《ながなが》お世話《せわ》になりましたって斯《こ》う云《い》うんです。そしてすぐ服をぬいだはいいんですが実《じつ》はみじめなもんでした。着物《きもの》もシャツとずぼんだけ、もちろん財布《さいふ》もありません。小使室《こづかいしつ》から出されては寝《やす》む家さえないんです。その昼間のうちはシャツとズボン下だけで頭をかかえて一日小使室に居《い》ましたが夜になってからとうとう警部補《けいぶほ》にたたき出されてしまいました。バキチはすっかり悄気切《しょげき》ってぶらぶら町を歩きまわってとうとう夜中の十二時にタスケの厩《うまや》にもぐり込《こ》んだって云うんです。
 馬もびっくりしましたぁね、(おいどいつだい、何の用だい。)おどおどしながらはね起《お》きて身構《みがま》えをして斯《こ》うバキチに訊《き》いたってんです。
(誰《だれ》でもないよ、バキチだよ、もと巡査だよ、知らんかい。)バキチが横木《よこぎ》の下の所《ところ》で腹這《はらば》いのまま云いました。(さあ、知らないよ、バキチだなんて。おれは一向《いっこう》知らないよ。)と馬が云いました。」「馬がそう
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