りとやみました。
「あら、そんな事《こと》いけませんわ」
「もちろんいけないですよ。汽車が来る時、腕を下げないでがんばるなんて、そんなことあなたのためにも僕のためにもならないから僕はやりはしませんよ。けれどもそんなことでもしようと言《い》うんです。僕あなたくらい大事《だいじ》なものは世界中《せかいじゅう》ないんです。どうか僕を愛《あい》してください」
 シグナレスは、じっと下の方を見て黙《だま》って立っていました。本線シグナルつきのせいの低《ひく》い電信柱《でんしんばしら》は、まだでたらめの歌をやっています。

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「ゴゴンゴーゴー、
 やまのいわやで、
 熊《くま》が火をたき、
 あまりけむくて、
 ほらを逃《に》げ出す。ゴゴンゴー、
 田螺《にし》はのろのろ。
 うう、田螺はのろのろ。
 田螺のしゃっぽは、
 羅紗《ラシャ》の上等《じょうとう》、ゴゴンゴーゴー」
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 本線《ほんせん》のシグナルはせっかちでしたから、シグナレスの返事《へんじ》のないのに、まるであわててしまいました。
「シグナレスさん、あなたはお返事をしてくださらないんです
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