》や黄色の点々、さまざまの夢《ゆめ》を見ている時、若いあわれなシグナルはほっと小さなため息《いき》をつきました。そこで半分|凍《こご》えてじっと立っていたやさしいシグナレスも、ほっと小さなため息をしました。
「シグナレスさん、ほんとうに僕《ぼく》たちはつらいねえ」
 たまらずシグナルがそっとシグナレスに話しかけました。
「ええ、みんなあたしがいけなかったのですわ」シグナレスが青じろくうなだれて言《い》いました。
 諸君《しょくん》、シグナルの胸《むね》は燃《も》えるばかり、
「ああ、シグナレスさん、僕たちたった二人だけ、遠くの遠くのみんなのいないところに行ってしまいたいね」
「ええ、あたし行けさえするなら、どこへでも行きますわ」
「ねえ、ずうっとずうっと天上にあの僕《ぼく》たちの婚約指環《エンゲージリング》よりも、もっと天上に青い小さな小さな火が見えるでしょう。そら、ね、あすこは遠いですねえ」
「ええ」シグナレスは小さな唇《くちびる》で、いまにもその火にキッスしたそうに空を見あげていました。
「あすこには青い霧《きり》の火が燃《も》えているんでしょうね。その青い霧の火の中へ僕たちいっしょにすわりたいですねえ」
「ええ」
「けれどあすこには汽車はないんですねえ、そんなら僕《ぼく》畑《はたけ》をつくろうか。何か働《はたら》かないといけないんだから」
「ええ」
「ああ、お星さま、遠くの青いお星さま、どうか私どもをとってください。ああなさけぶかいサンタマリヤ、まためぐみふかいジョウジ スチブンソンさま、どうか私どものかなしい祈《いの》りを聞いてください」
「ええ」
「さあいっしょに祈りましょう」
「ええ」
「あわれみふかいサンタマリヤ、すきとおる夜の底《そこ》、つめたい雪の地面《じめん》の上にかなしくいのるわたくしどもをみそなわせ、めぐみふかいジョウジ スチブンソンさま、あなたのしもべのまたしもべ、かなしいこのたましいの、まことの祈りをみそなわせ、ああ、サンタマリヤ」
「ああ」
 星はしずかにめぐって行きました。そこであの赤眼《あかめ》のさそりが、せわしくまたたいて東から出て来、そしてサンタマリヤのお月さまが慈愛《じあい》にみちた尊《とうと》い黄金《きん》のまなざしに、じっと二人を見ながら、西のまっくろの山におはいりになった時、シグナル、シグナレスの二人は、祈りにつかれてもう眠《ねむ》っていました。

 今度《こんど》はひるまです。なぜなら夜昼《よるひる》はどうしてもかわるがわるですから。
 ぎらぎらのお日さまが東の山をのぼりました。シグナルとシグナレスはぱっと桃色《ももいろ》に映《は》えました。いきなり大きな幅広《はばひろ》い声がそこらじゅうにはびこりました。
「おい。本線《ほんせん》シグナルつきの電信柱《でんしんばしら》、おまえの叔父《おじ》の鉄道長《てつどうちょう》に早くそう言《い》って、あの二人はいっしょにしてやった方がよかろうぜ」
 見るとそれは先ごろの晩《ばん》の倉庫《そうこ》の屋根《やね》でした。倉庫の屋根は、赤いうわぐすりをかけた瓦《かわら》を、まるで鎧《よろい》のようにキラキラ着込《きこ》んで、じろっとあたりを見まわしているのでした。
 本線シグナルつきの電信柱は、がたがたっとふるえて、それからじっと固《かた》くなって答えました。
「ふん、なんだと、お前はなんの縁故《えんこ》でこんなことに口を出すんだ」
「おいおい、あんまり大きなつらをするなよ。ええおい。おれは縁故と言えば大縁故さ、縁故でないと言《い》えば、いっこう縁故でもなんでもないぜ、が、しかしさ、こんなことにはてめえのような変《へん》ちきりんはあんまりいろいろ手を出さない方が結局《けっきょく》てめえのためだろうぜ」
「なんだと。おれはシグナルの後見人《こうけんにん》だぞ。鉄道長の甥《おい》だぞ」
「そうか。おい立派《りっぱ》なもんだなあ。シグナルさまの後見人で鉄道長の甥かい。けれどもそんならおれなんてどうだい。おれさまはな、ええ、めくらとんびの後見人、ええ風引きの脈《みゃく》の甥だぞ。どうだ、どっちが偉《えら》い」
「何をっ、コリッ、コリコリッ、カリッ」
「まあまあそう怒《おこ》るなよ。これは冗談《じょうだん》さ。悪く思わんでくれ。な、あの二人さ、かあいそうだよ。いいかげんにまとめてやれよ。大人《おとな》らしくもないじゃないか。あんまり胸《むね》の狭《せま》いことは言わんでさ。あんな立派《りっぱ》な後見人《こうけんにん》を持って、シグナルもほんとうにしあわせだと言われるぜ。まとめてやれ、まとめてやれ」
 本線《ほんせん》シグナルつきの電信柱《でんしんばしら》は、物《もの》を言おうとしたのでしたが、もうあんまり気が立ってしまってパチパチパチパチ鳴《な》るだけでし
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