本線《ほんせん》シグナルつきの電信柱《でんしんばしら》が、むしゃくしゃまぎれに、ごうごうの音の中を途方《とほう》もない声でどなったもんですから、シグナルはもちろんシグナレスも、まっ青《さお》になってぴたっとこっちへ曲げていたからだを、まっすぐに直《なお》しました。
「若《わか》さま、さあおっしゃい。役目《やくめ》として承《うけたまわ》らなければなりません」
シグナルは、やっと元気を取り直《なお》しました。そしてどうせ風のために何を言《い》っても同じことなのをいいことにして、
「ばか、僕《ぼく》はシグナレスさんと結婚《けっこん》して幸福《こうふく》になって、それからお前にチョークのお嫁《よめ》さんをくれてやるよ」と、こうまじめな顔で言ったのでした。その声は風下《かざしも》のシグナレスにはすぐ聞こえましたので、シグナレスはこわいながら思わず笑《わら》ってしまいました。さあそれを見た本線《ほんせん》シグナルつきの電信柱の怒《おこ》りようと言ったらありません。さっそくブルブルッとふるえあがり、青白く逆上《のぼ》せてしまい唇《くちびる》をきっとかみながらすぐひどく手をまわして、すなわち一ぺん東京まで手をまわして風下《かざしも》にいる軽便鉄道《けいべんてつどう》の電信柱に、シグナルとシグナレスの対話《たいわ》がいったいなんだったか、今シグナレスが笑ったことは、どんなことだったかたずねてやりました。
ああ、シグナルは一生の失策《しっさく》をしたのでした。シグナレスよりも少し風下にすてきに耳のいい長い長い電信柱がいて、知らん顔をしてすまして空の方を見ながらさっきからの話をみんな聞いていたのです。そこでさっそく、それを東京を経《へ》て本線シグナルつきの電信柱に返事《へんじ》をしてやりました。本線《ほんせん》シグナルつきの電信柱《でんしんばしら》はキリキリ歯《は》がみをしながら聞いていましたが、すっかり聞いてしまうと、さあ、まるでばかのようになってどなりました。
「くそっ、えいっ。いまいましい。あんまりだ。犬畜生《いぬちくしょう》、あんまりだ。犬畜生、ええ、若《わか》さま、わたしだって男ですぜ。こんなにひどくばかにされてだまっているとお考えですか。結婚《けっこん》だなんてやれるならやってごらんなさい。電信柱の仲間《なかま》はもうみんな反対《はんたい》です。シグナル柱の人たちだって鉄道長《てつどうちょう》の命令《めいれい》にそむけるもんですか。そして鉄道長はわたしの叔父《おじ》ですぜ。結婚なりなんなりやってごらんなさい。えい、犬畜生《いぬちくしょう》め、えい」
本線シグナルつきの電信柱は、すぐ四方に電報《でんぽう》をかけました。それからしばらく顔色を変《か》えて、みんなの返事《へんじ》をきいていました。確《たし》かにみんなから反対《はんたい》の約束《やくそく》をもらったらしいのでした。それからきっと叔父のその鉄道長とかにもうまく頼《たの》んだにちがいありません。シグナルもシグナレスも、あまりのことに今さらポカンとしてあきれていました。本線シグナルつきの電信柱は、すっかり反対の準備《じゅんび》ができると、こんどは急《きゅう》に泣《な》き声で言《い》いました。
「あああ、八年の間、夜ひる寝《ね》ないでめんどうを見てやってそのお礼《れい》がこれか。ああ情《なさ》けない、もう世の中はみだれてしまった。ああもうおしまいだ。なさけない、メリケン国のエジソンさまもこのあさましい世界《せかい》をお見すてなされたか。オンオンオンオン、ゴゴンゴーゴーゴゴンゴー」
風はますます吹《ふ》きつのり、西の空が変《へん》に白くぼんやりなって、どうもあやしいと思っているうちに、チラチラチラチラとうとう雪がやって参《まい》りました。
シグナルは力を落《お》として青白く立ち、そっとよこ眼《め》でやさしいシグナレスの方を見ました。シグナレスはしくしく泣《な》きながら、ちょうどやって来る二時の汽車を迎《むか》えるためにしょんぼりと腕《うで》をさげ、そのいじらしいなで肩《がた》はかすかにかすかにふるえておりました。空では風がフイウ、涙《なみだ》を知らない電信柱どもはゴゴンゴーゴーゴゴンゴーゴー。
さあ今度《こんど》は夜ですよ。シグナルはしょんぼり立っておりました。
月の光が青白く雲を照《て》らしています。雲はこうこうと光ります。そこにはすきとおって小さな紅火《べにび》や青の火をうかべました。しいんとしています。山脈《さんみゃく》は若《わか》い白熊《しろくま》の貴族《きぞく》の屍体《したい》のようにしずかに白く横《よこ》たわり、遠くの遠くを、ひるまの風のなごりがヒュウと鳴《な》って通りました。それでもじつにしずかです。黒い枕木《まくらぎ》はみな眠《ねむ》り、赤の三角《さんかく
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