》があいて落《お》ちているのを見ました。つめたがいにやられたのだな朝からこんないい標本《ひょうほん》がとれるならひるすぎは十字狐《じゅうじぎつね》だってとれるにちがいないと私は思いながらそれを拾《ひろ》って雑嚢《ざつのう》に入れたのでした。そしたら俄《にわ》かに波《なみ》の音が強くなってそれは斯《こ》う云《い》ったように聞こえました。「貝殻《かいがら》なんぞ何にするんだ。そんな小さな貝殻なんど何にするんだ、何にするんだ。」
「おれは学校の助手《じょしゅ》だからさ。」私はついまたつりこまれてどなりました。するとすぐ私の足もとから引いて行った潮水《しおみず》はまた巻《ま》き返《かえ》して波になってさっとしぶきをあげながらまた叫《さけ》びました。「何にするんだ、何にするんだ、貝殻《かいがら》なんぞ何にするんだ。」私はむっとしてしまいました。
「あんまり訳《わけ》がわからないな、ものと云《い》うものはそんなに何でもかでも何かにしなけぁいけないもんじゃないんだよ。そんなことおれよりおまえたちがもっとよくわかってそうなもんじゃないか。」
 すると波《なみ》はすこしたじろいだようにからっぽな音をたて
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