クねずみ
宮沢賢治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)今日《こんにち》は
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)はりがねせい[#「はりがねせい」に傍点]
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クという名前のねずみがありました。たいへん高慢でそれにそねみ深くって、自分をねずみの仲間の一番の学者と思っていました。ほかのねずみが何か生意気なことを言うとエヘンエヘンと言うのが癖でした。
クねずみのうちへ、ある日、友だちのタねずみがやって来ました。
さてタねずみはクねずみに言いました。
「今日《こんにち》は、クさん。いいお天気です。」
「いいお天気です。何かいいものを見つけましたか。」
「いいえ。どうも不景気ですね。どうでしょう。これからの景気は。」
「さあ、あなたはどう思いますか。」
「そうですね。しかしだんだんよくなるのじゃないでしょうか。オウベイのキンユウはしだいにヒッパクをテイしたそう……。」
「エヘン、エヘン。」いきなりクねずみが大きなせきばらいをしましたので、タねずみはびっくりして飛びあがりました。クねずみは横を向いたまま、ひげを一つぴんとひねって、それから口の中で、
「ヘイ、それから。」と言いました。
タねずみはやっと安心してまたおひざに手を置いてすわりました。
クねずみもやっとまっすぐを向いて言いました。
「先《せん》ころの地震にはおどろきましたね。」
「全くです。」
「あんな大きいのは私もはじめてですよ。」
「ええ、ジョウカドウでしたねえ。シンゲンはなんでもトウケイ四十二度二分ナンイ……。」
「エヘン、エヘン。」
クねずみはまたどなりました。
タねずみはまた面《めん》くらいましたが、さっきほどではありませんでした。
クねずみはやっと気を直して言いました。
「天気もよくなりましたね。あなたは何かうまい仕掛けをしておきましたか。」
「いいえ、なんにもしておきません。しかし、今度天気が長くつづいたら、私は少し畑の方へ出てみようと思うんです。」
「畑には何かいいことがありますか。」
「秋ですからとにかく何かこぼれているだろうと思います。天気さえよければいいのですがね。」
「どうでしょう。天気はいいでしょうか。」
「そうですね、新聞に出ていましたが、オキナワレットウにハッセイしたテイキアツは次第にホクホクセイのほうへシンコウ……。」
「エヘン、エヘン。」クねずみはまたいやなせきばらいをやりましたので、タねずみはこんどというこんどはすっかりびっくりして半分立ちあがって、ぶるぶるふるえて目をパチパチさせて、黙りこんでしまいました。
クねずみは横の方を向いて、おひげをひっぱりながら、横目でタねずみの顔を見ていましたが、ずうっとしばらくたってから、あらんかぎり声をひくくして、
「へい。そして。」と言いました。ところがタねずみはもうすっかりこわくなって物が言えませんでしたから、にわかに一つていねいにおじぎをしました。そしてまるで細いかすれた声で、
「さよなら。」と言ってクねずみのおうちを出て行きました。
クねずみは、そこであおむけにねころんで、
「ねずみ競争新聞」を手にとってひろげながら、
「ヘッ。タなどはなってないんだ。」とひとりごとを言いました。
さて、「ねずみ競争新聞」というのは実にいい新聞です。これを読むと、ねずみ仲間の競争のことはなんでもわかるのでした。ペねずみが、たくさんとうもろこしのつぶをぬすみためて、大砂糖持ちのパねずみと意地ばりの競争をしていることでも、ハねずみヒねずみフねずみの三匹のむすめねずみが学問の競争をやって、比例の問題まで来たとき、とうとう三匹とも頭がペチンと裂けたことでも、なんでもすっかり出ているのでした。
さあ、さあ、みなさん。失礼ですが、クねずみのきょうの新聞を読むのを、お聞きなさい。
「ええと、カマジン国の飛行機、プハラを襲うと。なるほどえらいね。これはたいへんだ。まあしかし、ここまでは来ないから大丈夫だ。ええと、ツェねずみの行くえ不明。ツェねずみというのはあの意地わるだな。こいつはおもしろい。
天井裏街一番地、ツェ氏は昨夜行くえ不明となりたり。本社のいちはやく探知するところによればツェ氏は数日前よりはりがねせい[#「はりがねせい」に傍点]、ねずみとり[#「ねずみとり」に傍点]氏と交際を結びおりしが一昨夜に至りて両氏の間に多少感情の衝突ありたるもののごとし。台所街四番地ネ氏の談によれば昨夜もツェ氏は、はりがねせい[#「はりがねせい」に傍点]、ねずみとり[#「ねずみとり」に傍点]氏を訪問したるがごとし、と。なお床下通り二十九番地ポ氏は、昨夜深更より今朝にかけて、ツェ氏並びにはりがねせい[#「はりがねせい」に傍点]、ねずみとり[#「ねずみとり」に傍点]氏の激
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