みん鳴っていましたがそれは多分は白磁器《はくじき》の雲の向《むこ》うをさびしく渡《わた》った日輪《にちりん》がもう高原の西を劃《かぎ》る黒い尖々《とげとげ》の山稜《さんりょう》の向うに落《お》ちて薄明《はくめい》が来たためにそんなに軋《きし》んでいたのだろうとおもいます。
 私は魚のようにあえぎながら何べんもあたりを見まわしました。
 ただ一かけの鳥も居《い》ず、どこにもやさしい獣《けだもの》のかすかなけはいさえなかったのです。
(私は全体《ぜんたい》何をたずねてこんな気圏《きけん》の上の方、きんきん痛《いた》む空気の中をあるいているのか。)
 私はひとりで自分にたずねました。
 こけももがいつかなくなって地面《じめん》は乾《かわ》いた灰《はい》いろの苔《こけ》で覆《おお》われところどころには赤い苔の花もさいていました。けれどもそれはいよいよつめたい高原の悲痛《ひつう》を増《ま》すばかりでした。
 そしていつか薄明は黄昏《たそがれ》に入りかわられ、苔の花も赤ぐろく見え西の山稜の上のそらばかりかすかに黄いろに濁《にご》りました。
 そのとき私ははるかの向うにまっ白な湖《みずうみ》を見たのです。

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