せんでした。
(やっぱりツェラの高原だ。ほんの一時のまぎれ込みなどは結局《けっきょく》あてにならないのだ。)斯う私は自分で自分に誨《おし》えるようにしました。けれどもヌうもおかしいことはあの天盤のつめたいまるめろに似《に》たかおりがまだその辺《へん》に漂《ただよ》っているのでした。そして私はまたちらっとさっきのあやしい天の世界の空間を夢《ゆめ》のように感《かん》じたのです。
(こいつはやっぱりおかしいぞ。天の空間は私の感覚《かんかく》のすぐ隣《とな》りに居《い》るらしい。みちをあるいて黄金いろの雲母《うんも》のかけらがだんだんたくさん出て来ればだんだん花崗岩《かこうがん》に近づいたなと思うのだ。ほんのまぐれあたりでもあんまり度々《たびたび》になるととうとうそれがほんとになる。きっと私はもう一度この高原で天の世界を感ずることができる。)私はひとりで斯う思いながらそのまま立っておりました。
 そして空から瞳を高原に転《てん》じました。全く砂はもうまっ白に見えていました。湖は緑青《ろくしょう》よりももっと古びその青さは私の心臓《しんぞう》まで冷たくしました。
 ふと私は私の前に三人の天の子供《こども》らを見ました。それはみな霜《しも》を織《お》ったような羅《うすもの》[※15]をつけすきとおる沓《くつ》をはき私の前の水際《みずぎわ》に立ってしきりに東の空をのぞみ太陽《たいよう》の昇《のぼ》るのを待《ま》っているようでした。その東の空はもう白く燃《も》えていました。私は天の子供らのひだのつけようからそのガンダーラ系統《けいとう》なのを知りました。またそのたしかに于《コウ》※[#もんがまえに真の正字。読みは「タン」]大寺の廃趾《はいし》から発掘《はっくつ》された壁画《へきが》の中の三人なことを知りました。私はしずかにそっちへ進《すす》み愕《おどろ》かさないようにごく声|低《ひく》く挨拶《あいさつ》しました。
「お早う、于※[#もんがまえに真の正字。読みは「タン」]大寺の壁画の中の子供さんたち。」
 三人|一緒《いっしょ》にこっちを向きました。その瓔珞のかがやきと黒い厳《いか》めしい瞳。
 私は進みながらまた云《い》いました。
「お早う。于※[#もんがまえに真の正字。読みは「タン」]大寺の壁画の中の子供さんたち。」
「お前は誰《だれ》だい。」
 右はじの子供がまっすぐに瞬《またたき》もな
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