(水ではないぞ、また曹達《ソーダ》や何かの結晶《けっしょう》だぞ。いまのうちひどく悦《よろこ》んで欺《だま》されたとき力を落《おと》しちゃいかないぞ。)私は自分で自分に言いました。
それでもやっぱり私は急《いそ》ぎました。
湖はだんだん近く光ってきました。間もなく私はまっ白な石英《せきえい》の砂《すな》とその向うに音なく湛《たた》えるほんとうの水とを見ました。
砂がきしきし鳴りました。私はそれを一つまみとって空の微光《びこう》にしらべました。すきとおる複六方錐《ふくろくほうすい》[※3]の粒《つぶ》だったのです。
(石英安山岩《せきえいあんざんがん》か流紋岩《りゅうもんがん》から来た。)
私はつぶやくようにまた考えるようにしながら水際《みずぎわ》に立ちました。
(こいつは過冷却《かれいきゃく》の水だ。氷相当官《こおりそうとうかん》なのだ。)私はも一度《いちど》こころの中でつぶやきました。
全《まった》く私のてのひらは水の中で青じろく燐光《りんこう》を出していました。
あたりが俄《にわか》にきいんとなり、
(風だよ、草の穂《ほ》だよ。ごうごうごうごう。)こんな語《ことば》が私の頭の中で鳴りました。まっくらでした。まっくらで少しうす赤かったのです。
私はまた眼《め》を開《ひら》きました。
いつの間にかすっかり夜になってそらはまるですきとおっていました。素敵《すてき》に灼《や》きをかけられてよく研《みが》かれた鋼鉄製《こうてつせい》の天の野原に銀河《ぎんが》の水は音なく流《なが》れ、鋼玉《こうぎょく》[※4]の小砂利《こじゃり》も光り岸《きし》の砂も一つぶずつ数えられたのです。
またその桔梗《ききょう》いろの冷《つめ》たい天盤《てんばん》には金剛石《こんごうせき》[※5]の劈開片《へきかいへん》[※6]や青宝玉《せいほうぎょく》[※7]の尖《とが》った粒やあるいはまるでけむりの草のたねほどの黄水晶《きずいしょう》[※8]のかけらまでごく精巧《せいこう》のピンセットできちんとひろわれきれいにちりばめられそれはめいめい勝手《かって》に呼吸《こきゅう》し勝手にぷりぷりふるえました。
私はまた足もとの砂を見ましたらその砂粒の中にも黄いろや青や小さな火がちらちらまたたいているのでした。恐《おそ》らくはそのツェラ高原の過冷却湖畔《かれいきゃくこはん》も天の銀河の一部《いちぶ》
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