云った。」
「もうどこへ行ってもいいから勝手にしろって。」
「そしてどうするの。」
「年よりたちがねえ、ムラードの森の工場に居て、ぼくに革の仕事をしろというんだ。」
「できるかい。」
「できるさ。それにミーロはハムを拵《こしら》えれるからな。みんなでやるんだよ。」
「姉さんは?」
「姉さんも工場へ来るよ。」
「そうかねえ。」
「さあ行こう、今夜も確か来ているから。」
 わたくしは俄かに疲れを忘れて立ちあがりました。
「じゃ行こう。だけど遠いかい。」
「この前のポラーノの広場のちょっと向うさ。」
「少し遠いねえ。けれど行こう。」わたくしはすばやく旅行のときのままのなりをして、いっしょにうちを出ました。ファゼーロはまた走りだしました。
 雲が黄ばんでけわしくひかりながら南から北へぐんぐん飛んで居りました。けれども野原はひっそりとして風もなく、ただいろいろの草が高い穂を出したり変にもつれたりしているばかり、夏のつめくさの花はみんな鳶《とび》いろに枯れてしまって、その三つ葉さえ大へん小さく縮まってしまったように思われました。
 わたくしどもはどんどん走りつづけました。
「そら、あすこに一つあか
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