そしてその日は一日、来ていた荷物をほどいたり机の上にたまっていた書類を整理したりしているうちに、いつか夕方になってしまいました。わたくしもみんなのあとから役所を出て、いままでの通り公衆食堂で食事をして競馬場へ帰って来ました。するとやっぱりよほど疲れていたと見えて、ちょっと椅子へかけたと思ったら、いつかもうとろとろ睡ってしまっていました。その甘ったるい夕方の夢のなかで、わたくしはまだあの茶いろななめらかな昆布の干された、イーハトーヴォの岩礁の間を小舟に乗って漕《こ》ぎまわっていました。俄かに舟がぐらぐらゆれ、何でも恐ろしくむかし風の竜が出てきて、わたくしははねとばされて岩に投げつけられたと思って眼をさましました。誰かわたくしをゆすぶっていたのです。
わたくしは何べんも瞳を定めてその顔を見ました。それはファゼーロでした。
「あっ、どうしたんだ、きみは、ずうっと前から居たのかい。」わたくしはびっくりして云いました。
「ぼくはね、八月の十日に帰ってきたよ。おまえはいままで居なかったじゃないか。」
「居なかったさ。海岸へ出張していたんだ。」
「今夜ね、ぼくらの工場へ来ておくれ。」
「きみらの工
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