した。
「ではわたくしは帰ります。あなたはここをどうかお立ち退きください。わたくしは帰ってこの事情を云わないわけにも参りませんから。」
デストゥパーゴはしょんぼりとして云いました。
「いまわたくしは全く収入のみちもないのです。どうか諒解してください。」
わたくしは礼をしました。
「ロザーロは変りありませんか。」デストゥパーゴが大へん早口に云いました。
「ええ、働いているようです。」わたくしもなぜか、ふだんとちがった声で云いました。
六、風と草穂
九月一日の朝わたくしは、旅程表やいろいろな報告を持って、きまった時間に役所に出ました。わたくしはみんなにも挨拶して廻り、所長が出て来るや否や、その扉をノックしてはいって行きました。
「あ帰ったかね。どうだった。」所長は左手ではずれたカラーのぼたんをはめながら云いました。
「はい、お陰で昨晩戻って参りました。これは報告でございます。集めた標本類は整理いたしましてから目録をつくって後ほど持って参ります。」
「うん、そう急がないでもよろしい。」所長はカラーをはめてしまってしゃんとなりました。
わたくしは礼をして室を出ました。
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