ニアは効かないって、今朝の新聞にあったじゃないか。」
 デストゥパーゴは椅子から立ちあがりました。デストゥパーゴは桃いろのシャツを着ていました。
「どの新聞でご覧です。」親方は一層落ちついて答えました。
「センダート日日新聞だ。」
「それは間違いです。アンモニアの効くことは県の衛生課長も声明しています。」
「あてにならん。」
「そうですか。とにかく、だいぶ腫《は》れて参ったようです。」
 親方のアーティストは、少ししゃくにさわったと見えて、プイッとうしろを向いて、フラスコを持ったまま向うへ行ってしまいました。デストゥパーゴは、ぷんぷん怒りだしました。
「失敬じゃないか、あしたは僕は陸軍の獣医官たちと大事な交際があるんだぞ。こんなことになっちゃ、まるで向うの感情を害するばかりだ。きさまの店を訴えるぞ。」と云いながら、ずんずん赤くはれて行く頬を鏡で見ていました。
 親方も、むかっ腹を立てて云いました。
「なあに毒蛾なんか、市中到る処に居るんだ。町をあるいてさわられたら市長でも訴えたらよかろうさ。」
 デストゥパーゴは、渋々、又椅子に坐って、
「おい、早くあとをやってしまって呉れ。早く。」と
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