りました。
 すると俄《にわ》かに私の隣りの人が、
「あ、いけない、いけない、押えてくれたまえ。畜生、畜生。」とひどく高い声で叫んだのです。
 びっくりして私はそっちを見ました。アーティストたちもみな馳《は》せ集ったのです。その叫んだ人は、それこそはひげを片っ方だけ剃ったままで大へん瘠《や》せては居りましたが、しかしたしかにそれはデストゥパーゴです。わたくしは占《し》めたとおもいました。デストゥパーゴはわたくしなぞ気がつかずに、まだ怖ろしそうに顔をゆがめていました。
「どこへさわりましたのですか。」
 さっきの親方のアーティストが麻のモーニングを着て、大きなフラスコを手にしてみんなを押し分けて立っていました。そのうちに二三人のアーティストたちは、押虫網でその小さな黄色な毒蛾をつかまえてしまいました。
「ここだよ、ここだよ。早く。」と云いながら、デストゥパーゴは左の眼の下を指しました。
 親方のアーティストは、大急ぎで、フラスコの中の水を綿にしめしてその眼の下をこすりました。
「何だいこの薬は。」デストゥパーゴが叫びました。
「アンモニア二%液。」と親方が落ち着いて答えました。
「アンモ
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