歌いたくて来たのですから、ことに楽隊の人たちが歌うなら伴奏しようというように身構えしたので、ミーロは顔いろがすっかり薔薇《ばら》いろになってしまって眼もひかり息もせわしくなってしまいました。
 わたくしも思わず、
「やれ、やれ、立派にやるんだ。」と云いました。
 するとミーロはとうとう決心したようにいきなり咽喉《のど》掻《か》きはだけて、はんの木の下の空箱の上に立ってしまいました。
「何をやりましょう。」セロの人がわらってききました。
「フローゼントリーをやってください。」
「フローゼントリー、譜もないしなあ、古い歌だなあ。」
 楽員たちはわらって顔を見合せてしばらく相談していましたが、
「そいじゃね、クラリネットの人しか知ってませんから、クラリネットとね、それから鼓《つづみ》で調子だけとりますから、それでよかったら二節目からついて歌ってください。」
 みんなはパチパチ手を叩きました。テーモも首をまげて聞いてやろうというようにしました。楽隊がやりました。ミーロは歌いだしました。
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「けさの六時ころ    ワルトラワーラの
 峠をわたしが     越えようとしたら

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