まっていましたが、とうとうこらえきれないらしく、
「おい、おれ歌うからな。」と云いだしました。
ファゼーロはそれどころではないようすでしたが、わたくしは前からミーロは歌がうまいだろうと思っていたので手を叩きました。ミーロは上着やシャツの上のぼたんをはずして息をすこし吸いました。
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「いのししむしゃのかぶとむし
つきのあかりもつめくさの
ともすあかりも眼に入らず
めくらめっぽに飛んで来て
山猫|馬丁《ばてい》につきあたり
あわててひょろひょろ
落ちるをやっとふみとまり
いそいでかぶとをしめなおし
月のあかりもつめくさの
ともすあかりも目に入らず
飛んでもない方に飛んで行く。」
[#ここで字下げ終わり]
ところが、そのじいさんの行った方から細い高い声で、
「ファゼーロ、ファゼーロ。」と呼んでいるようすです。
「ああ、姉さん、いま行くよ。」ファゼーロがそっちへ向いて高く叫びました。向うの声はやみました。
「だめだなあ、きっと旦那が呼んでるんだ。早く森まで行ってみればよかったねえ。」
ミーロが俄かに勢がついて早口に云いました。
「大丈夫だよ。おれはね、どうもあの馬車
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