云った。」
「もうどこへ行ってもいいから勝手にしろって。」
「そしてどうするの。」
「年よりたちがねえ、ムラードの森の工場に居て、ぼくに革の仕事をしろというんだ。」
「できるかい。」
「できるさ。それにミーロはハムを拵《こしら》えれるからな。みんなでやるんだよ。」
「姉さんは?」
「姉さんも工場へ来るよ。」
「そうかねえ。」
「さあ行こう、今夜も確か来ているから。」
 わたくしは俄かに疲れを忘れて立ちあがりました。
「じゃ行こう。だけど遠いかい。」
「この前のポラーノの広場のちょっと向うさ。」
「少し遠いねえ。けれど行こう。」わたくしはすばやく旅行のときのままのなりをして、いっしょにうちを出ました。ファゼーロはまた走りだしました。
 雲が黄ばんでけわしくひかりながら南から北へぐんぐん飛んで居りました。けれども野原はひっそりとして風もなく、ただいろいろの草が高い穂を出したり変にもつれたりしているばかり、夏のつめくさの花はみんな鳶《とび》いろに枯れてしまって、その三つ葉さえ大へん小さく縮まってしまったように思われました。
 わたくしどもはどんどん走りつづけました。
「そら、あすこに一つあかしがあるよ。」
 ファゼーロがちょっと立ちどまって右手の草の中を指さしました。そこの草穂のかげに小さな小さなつめくさの花が、青白くさびしそうにぽっと咲いていました。
 俄かに風が向うからどうっと吹いて来て、いちめんの暗い草穂は波だち、私のきもののすきまからは、その冷たい風がからだ一杯に浸みてきました。
「ふう。秋になったねえ。」わたくしは大きく息をしました。
 ファゼーロがいつか上着は脱いでわきに持ちながら、
「途中のあかりはみんな消えたけれども……。」
 おしまい何と云ったか、風がざあっとやって来て声をもって行ってしまいました。
 そのとき、わたくしは二人の大きな鎌をもった百姓が、わたくしどもの前を横ぎるように通って行くのを見ました。その二人もこっちをちらっと見たようでしたが、それから何かはなし合って、とまって、わたくしどもの行くのを待っているようすです。わたくしどもも急いで行きました。
「やあ、お前さん帰って来さしゃったね。まずご無事で結構でした。」一人がわたくしに挨拶しました。
 この前ポラーノの広場でデストゥパーゴに介添《かいぞえ》をしろと云われて遁げた男のようでした。
「ええ
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