も動いておりません。それにあの白い小さな花は何か不思議《ふしぎ》な合図を空に送《おく》っているようにあなたには思われませんか。」
 洋傘直しはいきなり高く叫《さけ》びます。
「ああ、そうです、そうです、見えました。
 けれども何だか空のひばりの羽の動かしようが、いや鳴きようが、さっきと調子《ちょうし》をちがえてきたではありませんか。」
「そうでしょうとも、それですから、ごらんなさい。あの花の盃《さかずき》の中からぎらぎら光ってすきとおる蒸気《じょうき》が丁度《ちょうど》水へ砂糖《さとう》を溶《とか》したときのようにユラユラユラユラ空へ昇《のぼ》って行くでしょう。」
「ええ、ええ、そうです。」
「そして、そら、光が湧《わ》いているでしょう。おお、湧きあがる、湧きあがる、花の盃《さかずき》をあふれてひろがり湧きあがりひろがりひろがりもう青ぞらも光の波《なみ》で一ぱいです。山脈《さんみゃく》の雪も光の中で機嫌《きげん》よく空へ笑《わら》っています。湧きます、湧きます。ふう、チュウリップの光の酒《さけ》。どうです。チュウリップの光の酒。ほめて下さい。」
「ええ、このエステルは上等《じょうとう》
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